名作の芯となったポスルスウェイトという存在
加えて言うなれば、我々がこの物語に魅了されてやまないのは、絶望感に押し潰されそうな時、悲壮感あふれる時にふと口をついて出てくるユーモラスな言葉や人間味あふれる表情に救われるからだ。
そこにブラスバンドの音楽が躍動感を与え、その中心にはいつもピート・ポスルスウェイトの姿があった。毅然としながらも人間味あふれる彼の存在感は、いつもスクリーンの隔たりを超え、私たち一人一人の心に親密に語りかけてくるかのよう。それも全部込みで、不屈の精神の象徴のような人物である。
撮影の10日前から現地入りし、地元の人々の暮らしぶりやアクセントを学んだというピート。それだけでなく、出来る限り人々と交流し、打ち解けあい、脚本を読ませ、いかに自分らが誇張のない”彼らの物語”を描こうとしているかを伝えて、温かな信頼と協力を獲得していったというエピソードも非常に彼らしい。
『ブラス!』(c)Photofest / Getty Images
この原稿を書きながら、ふと10年前、彼の訃報が飛び込んできた時のことが蘇ってきた。
しばし目の前が真っ暗になった後、冷静さを取り戻した先になぜか思い出されたのは、『ザ・タウン』(10)で花屋を演じた最晩年の彼が、痩せ細った外見の中に恐ろしいほどの切れ味を宿していた姿。そして『ブラス!』のダニーが病院のベッドに横たわりながら、仲間たちの演奏する「ダニー・ボーイ」に静かに心を震わせていた様子だった。
同じ人物が演じているとは思えないほどかけ離れた二つの役柄だが、そのどちらにも見事なまでの年輪と生き様と尊厳が刻まれていた。役に魂を吹き込むとはこういうことか。彼の出演作を見直すたび、これら二作に限らず、どの作品、どの演技でもそう強く思い知らされる。
人々に愛された彼の名演を歴史に埋もれさせてしまってはいけない。とりわけ『ブラス!』は、名バイプレーヤー的な起用の多かった彼が珍しく主演を飾った名作である。まさか25年後の今、これほど先の見通せない状況が世界中を包むとは思わなかったが、こんな時代だからこそ、改めて本作を鑑賞することで、ポスルスウェイトが力強く訴えかけてくるものを、より普遍的な形で受け止めることができる。そう思うのだ。
参考資料・記事:
『ブラス!』劇場プログラム(発行:シネカノン/1997)
http://www.grimethorpeband.co.uk
https://www.bbc.com/news/uk-england-south-yorkshire-20897583
https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-34455808
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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