異なる2つのエンディングが作品に付加価値を付けた
製作陣はこの幻のエンディングに一旦は満足していたものの、一般試写会での反応は芳しくなかったという。観客の多くは、皮肉にもグレン・クローズの名演によって見事に具現化されたアレックスというモンスターに対して激しい怒りと拒絶反応を示し、より強烈で分かりやすい幕切れを望んだのである。こうして、新たなエンディングがリテイクされ、映画は多くの観客を納得させるサイコホラーとして劇場に放たれ、男性たちに浮気の代償の大きさを知らしめることとなる。
筆者は作品のPRで来日したマイケル・ダグラスの会見でのコメントを今も記憶している。記者から投げられた『もし、あなたがアレックスのようにセクシーな女性からアプローチされたら、どうしますか?』という質問に対して、彼はこう答えたのだ。『急いでイチモツを股間に挟み込みます』と。会場が沸いたことは言うまでもない。それは、主演俳優として恐らく正しいコメントだったし、彼の咄嗟の切り返しは、映画が描く欲望のしっぺ返しと、平穏な生活の尊さを知らしめるためには絶妙の匙加減だったと思う。
『危険な情事』TM & Copyright (C) 1987 by Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved. TM, (R) & Copyright (C) 2013 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
フェミニズムの観点から見て問題を孕んでいたとしても、ヒットが義務付けられた映画の方法論に則り、歴史に残る大成功を収めた『危険な情事』。ちなみに、孤独と怒りから狂気に取り込まれていく迫真の演技で、すでに手にしていた実力派の称号に人気女優という肩書きが加わったグレン・クローズは、公開版の結末について激しく抵抗したものの、同時に次のようにコメントしている。
『この結末は観客にカタルシスと希望を与え、彼らは家族というユニットが悪夢を乗り越える姿に胸を撫で下ろすのです』。監督のエイドリアン・ラインも撮り直し版に肯定的だった。ラインは本作で、CMで培った陰影の濃いライティングを、特にアレックスが住むロフト風アパートの描写で存分に発揮している。彼もまた、本作でヒットメーカーの地位を確かなものにした1人である。
忘れられないショッキングな幕切れと、”知られざる”と表現するにはあまりにも知られている幻のエンディングとが、ある意味、相乗効果となって今も語り継がれる大ヒット作。時代によってはその結末も変わっていた可能性も大きいだろう。『危険な情事』の魅力の一つには、結末の正否も含めて、ハリウッドのしたたかな戦略を再認識させるところにあるのではないだろうか。
参考資料:
https://www.youtube.com/watch?v=qDWDhntzc-w
文 : 清藤秀人(きよとう ひでと)
アパレル業界から映画ライターに転身。映画com、ぴあ、J.COMマガジン、Tokyo Walker、Yahoo!ニュース個人"清藤秀人のシネマジム"等に定期的にレビューを執筆。著書にファッションの知識を生かした「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社刊)等。現在、BS10 スターチャンネルの映画情報番組「映画をもっと。」で解説を担当。
『危険な情事』
Blu-ray: 2,075 円 (税込)
DVD: 1,571 円 (税込)
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
TM & Copyright (C) 1987 by Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved. TM, (R) & Copyright (C) 2013 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
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