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『花様年華』曖昧な時間経過と曖昧な関係、そして移ろいゆく香港

© 2000, 2009 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

『花様年華』曖昧な時間経過と曖昧な関係、そして移ろいゆく香港

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許されない恋愛、その曖昧さ



 タイトルの「花様年華」は“花のように美しい期間”という意味で、これはチャウとチャン夫人が愛し合った時間を暗示している。“青春”を意味することも多い言葉だが、チャウとチャン夫人が、まるで甘い青春時代のように周囲から隔絶された日々を送っていることも事実だろう。チャウの勤務する新聞社、チャン夫人の働くオフィスはたびたび登場するが、そこに二人にとっての外部性はほとんど示されない。あろうことか、互いのパートナーさえ観客には顔を見せないのだ。チャウとチャン夫人は、たとえばアパートの廊下で、自室で、レストランで、道路で、タクシーで、ホテルで、二人きりの時間を過ごす。


 カーウァイは、そんな二人の「花様年華」を〈宙吊り〉の時間として描く。大きな特徴は、劇中における時間経過が極めて曖昧であることだ。チャウとチャン夫人はすぐに親しくなったように見えるが、互いのパートナーがいつから不倫していたのか、そしてチャウとチャン夫人が惹かれ合うまでにどれだけの時間を要したのかははっきりと示されない。カーウァイが得意とする、大胆に時間を経過させる編集は、二人の間に流れている時間を不明瞭なものにする。トニー・レオンはスーツを、マギー・チャンはドレスを幾度となく着替え、その美しさで観る者の目を惹くが、時間の経過を断定させるだけの仕掛けは少ない。もっとも確かなことは、その時間が永遠に続くわけではないということだ。



『花様年華』© 2000, 2009 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.


 チャウとチャン夫人が、全編にわたり、時間的にも、また空間的にも〈宙吊り〉の状態であることは、これまでいくつもの批評で指摘されてきた。二人が過ごす場所は、いわば「どこかからどこかへ向かう途中の場所」であったり、あくまでも一時的な居場所であったりする。二人がアパートの自室で顔を合わせれば、大家たちの麻雀のせいで部屋の外に出られなくなる。道路では二人そろって雨宿りを余儀なくされる。二人の共通の目的地といえば、夜に食事を買いに行く屋台だが、そこでチャウと夫人がそろって食事をすることはない。ほぼ唯一の例外は、初めてチャウが夫人を誘い出したレストランだろう。


 また、チャウとチャン夫人はホテルを訪れもするが、そこさえ本当の意味での目的地にはなりえない。ホテルは周囲の視線を避けるための居場所なのであり、二人は邪な理由ではなく「チャウの執筆を手伝う」という名目で密会するのだ。チャン夫人は、ホテルに呼び出された日、チャウに「一線は越えない」と宣言する。この言葉の通り、二人はホテルを訪れながらもプラトニックな関係を保ちつづけることになる。


 もとより二人の関係は、最初はパートナーへの復讐のように、“不倫ごっこ”のようにして始まった。相手のパートナー、すなわち自分の夫や妻を寝取った相手の好物をわざわざ食べたり、チャウを夫がわりに、チャン夫人が不貞を問い詰める練習をしたり(チャウとチャン夫人が、互いのパートナーのように不貞行為に及ぼうとして、断念するシーンも撮影されたが、これは編集段階でカットされた)。不倫という婚姻外の恋愛は本来不安定なものだが、二人は不倫関係さえ自認せず、チャウは「不倫ではない」と口にする。しかし、カメラはそんな関係性の矛盾を暴くかのように、二人の様子を窓の外から、あるいは物陰から覗き込むように、非倫理的なものとして撮る。もちろん二人の“不倫ごっこ”は、たちまち、単なるごっこ遊びではなくなっていった。


 もっとも、二人の関係は突如として終わりを迎える。大家や職場という二人の周囲が、つまり存在しないに等しかった外部の存在が、チャン夫人の行動を訝しがるのがその始まりだ。そしてチャウは、チャン夫人の夫が出張から戻ることを知って「もう会わない」と告げる。これは以前と同じ「ただの練習」だったようだが、この言葉にチャン夫人は声をあげて泣いた。しかし、いずれにせよ、この日を最後に二人の関係は幕を閉じる。チャウはシンガポールに旅立つことを決め、夫人に「一緒に来ないか」と呼びかけるが、夫人は応じない。




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