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『花様年華』曖昧な時間経過と曖昧な関係、そして移ろいゆく香港

© 2000, 2009 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

『花様年華』曖昧な時間経過と曖昧な関係、そして移ろいゆく香港

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「束の間」の秘密を、「永遠」に閉じ込める



 「知ってるか、昔の人のやり方だ。大きな秘密を抱えた者は、山で大木を見つけ、幹に掘った穴に秘密をささやく。穴は土で埋めて、秘密が漏れないように永遠に封じ込める。」


 1963年のシンガポールで話したように、チャウは1966年、カンボジア・アンコールワットの地で自らの秘密を封印した。彼は山の大木ではなく、遺跡の建物に開いた穴に唇を当てて秘密をささやくと、どこかへ去っていく。チャン夫人との束の間の出来事を、800年以上の歴史をたたえ、これからも残り続けるだろう場所へと永遠に閉じ込めたのだ。


 チャウからの別れの言葉にチャン夫人が涙した後、二人はタクシーの中で手を握り、肩を寄せ合った。夫人の「帰りたくない」という言葉から、直後に二人が肉体関係を持ったと解釈することも可能だろう。しかし、あの夜、実際に何があったのかはチャウの秘密であり、観客には知るよしもない。チャン夫人との関係と別離を、チャウがどのように受け止めたのかも定かではないが、それも同じく彼の秘密なのだ。



『花様年華』© 2000, 2009 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.


 いかなる形であれ、〈宙吊り〉の時間がいつか終わることをカーウァイは知っている。だからこそ本作では決定的な瞬間が描かれず、その終焉は徹底的に回避された。(二人が性行為に及ぼうとして断念するシーンが削除されたことは前述の通りだが、実は、本当に一線を越えてしまうシーンも撮影されており、こちらも同じく製作終盤にカットされている。)


 さらには二人が再会するという結末も2種類撮影されたが、どちらも使用されていない。ひとつは1972年の香港で、互いに変化した二人が再会するもの。もうひとつは、アンコールワットの地でばったり出会い、少しだけ言葉を交わすというものだ。いずれにせよ、二人は結ばれなかったのである。


 曖昧なものが確かになる瞬間、あるいは二人の物語が決着する瞬間を秘密にしてしまうことで、チャウとチャン夫人の〈宙吊り〉の時間はいつまでも続くように思える。少なくともそうすることで、カーウァイはそこに〈宙吊り〉の時間が存在したこと、今も存在することを、忘れさせまいとしているのではないか。ただしその代わりに、チャウは永遠の秘密の中をさまようことになる。


「男は過ぎ去った年月を思い起こす

埃で汚れたガラス越しに見るかののように

過去は見るだけで触れることはできない

見える物はすべて、幻のようにぼんやりと…」


 過去は過去であり、時間はただ先へ進む。チャウは一人で〈宙吊り〉の時間を継続したまま、物語は『2046』へと続いていくのだ。



参考文献・資料:

in The Mood For Love ~花様年華」DVD(特典映像)、TCエンタテインメント

藤城孝輔「二つの時代のあいだで ―『花様年華』と『2046』における狭間の時空間―」、杉野健太郎(編著)「映画とイデオロギー」ミネルヴァ書房、2015年

フィルムメーカーズ[14]ウォン・カーウァイ」キネマ旬報社、2001年

吉川雅之、倉田徹(編著)「香港を知るための60章」明石書店、2016年

In The Mood For Edinburgh http://old.bfi.org.uk/sightandsound/feature/55



文:稲垣貴俊

ライター/編集/ドラマトゥルク。映画・ドラマ・コミック・演劇・美術など領域を横断して執筆活動を展開。映画『TENET テネット』『ジョーカー』など劇場用プログラム寄稿、ウェブメディア編集、展覧会図録編集、ラジオ出演ほか。主な舞台作品に、PARCOプロデュース『藪原検校』トライストーン・エンタテイメント『少女仮面』ドラマトゥルク、木ノ下歌舞伎『東海道四谷怪談―通し上演―』『三人吉三』『勧進帳』補綴助手、KUNIO『グリークス』文芸。



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