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『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』ヴァンパイアを通じて描かれる、ジム・ジャームッシュとその世界
2021.07.13
16世紀の作家クリストファー・マーロウもヴァンパイア
クリストファー・マーロウはシェイクピアと同じ年(1564年)に生まれたが、彼よりも早く作家として認められた。しかし、酒場での口論がもとで、29歳の時にナイフで刺されて亡くなった。そして、彼と入れ替わるようにシェイクスピアが登場した。今回の映画では、「ハムレット」はシェイクスピアではなく、マーロウが書いた作品ということになっているようだが、実際、マーロウは死んだことにして、名前を変え、シェイクスピアになった、との珍説も文学界にはあるようだ。ジャームッシュの映画では、マーロウはヴァンパイアとなり何世紀も生きた、という設定になっている。
反逆の作家、マーロウ役に扮しているのはジョン・ハート。オスカーの主演男優賞候補となった『エレファント・マン』(80)で知られる英国の名優で、名門、王立演劇アカデミーの出身。主演作としてはジョージ・オーウェル原作の『1984』(84)や実在の政治家役の『スキャンダル』(89)、助演作としては晩年のスパイ映画『裏切りのサーカス』(11)などで渋い好演を見せている。ジャームッシュ作品はすでに『デッドマン』(95)に出演(17年に故人となる)。今回の老いた英国の天才作家という設定は年を重ねたハートの風貌に合っている。
『デッドマン』予告
そんな彼に<自滅的なロマンティスト>と呼ばれ、「ハムレット」の主人公にしたかった、と言われるアダム役を演じるのは、トム・ヒドルストン。一般的には『マイティ・ソー』(11)のロキ役で知られているが、この映画を監督したケネス・ブラナーはヒドルストンとのテレビの共演作「刑事ヴァランダー」シリーズ(08~10)で彼の才能に気づき、ロキ役に起用したそうだ。ブラナーはシェイクスピアの舞台演出&映画化の第一人者と考えられているので、おそらく、彼もヒドルストンに何かシェイクスピア的な要素を発見したのだろう。
前述の“Time Out”のジャームッシュのインタビューによれば、アダム役は最初、マイケル・ファスベンダーが予定されていて、ヒドルストンは代役だった。「マイケルは本能的な演技をする俳優だが、ヒドルストンにはもっと理知的なところがある。最初は役に合わない気がしていたが、本人に会ったら、素晴らしいものを持っている俳優だと分かった。長身で、優雅で、体の動きにも品がある」とジャームッシュは語っている。ヒドルストンにはファスベンダーにないロマンティックな雰囲気があるので、ロマンティストのヴァンパイアという役にぴったり。最終的にはこのキャスティングでよかったと思う。
スウィントン、ハート、ヒドルストンと英国の新旧の俳優たちの出演によって、モダンなドラキュラ物語が完成した。