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『イン・ザ・ハイツ』ミュージカル映画史が重なりつつ、未来も志向する新たな傑作
現地撮影によるミュージカルシーンの本物感
ステージのミュージカルを、映画化する意味はどこにあるのか? それは、舞台という限定された空間を離れ、いくらでも自由に外の世界を映し出せることだ。中には『コーラスライン』(85)のように、オリジナルの世界観を守って、あえて外の世界への広がりを避けた作品もある。しかし『サウンド・オブ・ミュージック』(65)がアルプスの広大な山々をとらえ、『レ・ミゼラブル』(12)が19世紀フランスの街を再現したように、そして何より、『ウエスト・サイド物語』(61)がNY、マンハッタンでカメラを自在に動かしたように、この『イン・ザ・ハイツ』(21)はロケーションを多用したことで、そこで繰り広げられる群舞が圧倒的な熱量をもって迫ってくる。
物語の舞台となる、マンハッタン最北部のワシントン・ハイツで撮影された映像は、その光や空気が、歌って踊る登場人物と一体化しており、これこそミュージカル映画が外の世界に飛び出す醍醐味、そして喜びである。
『イン・ザ・ハイツ』© 2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
主人公のウスナビが働く食料雑貨店は、175thストリートとオーデュボン通りが交わる角に位置し、店の前のストリートでウスナビを中心としたダンスシーンが展開する。より撮影のやりやすいロケーションで、ストリートの表示だけ変えて、舞台となる場所に仕立てる、というのはハリウッド映画でありがちだが、『イン・ザ・ハイツ』は、ワシントン・ハイツ、その場所を封鎖して撮影を行ったのである。
さらにロケが効果的なのは、プールでのミュージカルシーン。173rdストリート&アムステルダム通りにある、ハイブリッジ公園の公営プールで、「宝くじで96,000ドルが当たったら、どんな夢をかなえたいか」を歌う曲「96,000」が撮影された。このナンバーでは、ミュージカル映画の歴史でもあるバスビー・バークレーへ、大きなオマージュが捧げられている。
バークレーは、1930〜50年代、MGMミュージカルの黄金期を支えた監督・振付家で、巨大なセットと特殊効果も用いて、多数のダンサーたちを万華鏡の模様のように見せるスタイルを確立。今なお、その才能が語り継がれる。この「96,000」のシーンは、バークレーが振付で参加し、MGMの水中レビュー作品の女王、エスター・ウィリアムズが主演した『百万弗の人魚』(52)を彷彿とさせる。水中撮影はもちろん、クレーンも使ってプールで泳ぐダンサーたちの「隊列」をとらえた映像は圧巻だ。
『百万弗の人魚』予告
ちなみにこの「96,000」の歌詞は、オリジナル版の「ゴルフ場を回るときは、ドナルド・トランプがキャディ役だ」という部分が、映画版では「タイガー・ウッズがキャディ」に変更された。初演時の2008年は単なる「富の象徴」だったトランプが大統領に就任後、民主主義の汚点となってしまったことが要因のようだ。