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『イン・ザ・ハイツ』ミュージカル映画史が重なりつつ、未来も志向する新たな傑作

© 2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

『イン・ザ・ハイツ』ミュージカル映画史が重なりつつ、未来も志向する新たな傑作

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名作へのオマージュと濃密なリンク



 そしてもうひとつ、MGMミュージカルへの熱いオマージュとして、フレッド・アステア主演の『恋愛準決勝戦』(51)が挙げられる。ミュージカルファンに、あまりにも有名なシーンが再現されるのだ。アステアが踊り始めると、そのまま足が壁を登り始め(身体も横向きになる)、やがて天井にも達する(身体の方向は天地逆)。つまり重力が180度変わるこのシーンは、小道具がすべて固定された回転するセットでアステアが踊り、カメラもその回転に合わせるという特殊効果で実現した。


 このアナログな回転セットは、その後も『2001年宇宙の旅』(68)や『インセプション』(10)などSF作品で何度か使われてきた。『イン・ザ・ハイツ』にも、同じようにダンサーにとって重力が変わるダンスシーンが収められている。ここでは、さすがに背景との合成が行われているのだが、フレッド・アステアというミュージカル映画のレジェンドへの敬意と受け止めることで、ロマンチックな気分をさらに増大させてくれるのだ。


 こうしたバスビー・バークレーやフレッド・アステアの個別の作品だけでなく、MGMミュージカル黄金期の名作を集めた『ザッツ・エンターテインメント』シリーズ3作(74、76、94)を観ることで、『イン・ザ・ハイツ』にミュージカル映画のスピリットが脈々と息づいていることが実感できる。『百万弗の人魚』と『恋愛準決勝戦』はシリーズ1作目に収録されている。


『恋愛準決勝戦』予告


 『イン・ザ・ハイツ』は、ドミニカ移民のウスナビが主人公で、登場人物たちもカリブ系、ラテン系のキャラクターたちがメイン。当然のごとく、祖国との関係などアメリカ移民社会を象徴するストーリーが軸になるのだが、これはまさにミュージカルの金字塔である『ウエスト・サイド物語』と共通する。同作で、祖国プエルトリコとアメリカの生活を比べた名曲「アメリカ」は、『イン・ザ・ハイツ』全体のイメージとも重ねたくなるだろう。その『ウエスト・サイド物語』を、スティーヴン・スピルバーグが再生する『ウエスト・サイド・ストーリー』(21)も、『イン・ザ・ハイツ』と同時期に製作が進んでいた。ある時は、その2作が、わずか数ブロックしか離れていない場所でロケが行われており、『イン・ザ・ハイツ』のカメラに『ウエスト・サイド』のケ-タリング用トラックが映り込んでしまったという。


 じつはリン=マニュエル・ミランダは、2009年に、『ウエスト・サイド物語』のブロードウェイでのリバイバルにおいて、セリフおよび歌詞のスペイン語版を手がけた。そんな縁もあってか、スピルバーグの現場を訪問し、「マリア」が歌われるシーンを見学したとか。



『イン・ザ・ハイツ』© 2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved


 いずれにしても『イン・ザ・ハイツ』と『ウエスト・サイド・ストーリー』という、名作ミュージカル新旧2作の映画版が、同じ2021年に公開されるのは、いま社会が求めているテーマと無縁ではない気がする。『イン・ザ・ハイツ』では、映画化にあたり、メインキャラクターのひとりを同性愛者に変更するなど、より多様性が意識された。


 そして多様性という点でいえば、監督のジョン・M・チュウはアジア系アメリカ人で、オールアジア系キャストの『クレイジー・リッチ!』(18)を成功に導いた。ただ、それだけではなく、『ステップ・アップ2:ザ・ストリート』(08)、『ステップ・アップ3』(10)というダンス映画、あるいは『ジャスティン・ビーバー ネヴァー・セイ・ネヴァー』(11)という3Dの音楽ドキュメンタリーを撮った経験が、今回の『イン・ザ・ハイツ』に生かされており、単なる多様性意識の抜擢というわけでもない。『イン・ザ・ハイツ』の後は、『ウィキッド』のメガホンをとる予定のジョン・M・チュウは、ミュージカル映画の巨匠として大成するかもしれない。



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取材・文:斉藤博昭

1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。



作品情報を見る



『イン・ザ・ハイツ』

7月30日(金)全国ロードショー!

© 2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

配給:ワーナー・ブラザース映画

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