2021.11.26
2021年に『ディア・エヴァン・ハンセン』を映画化すること
映画版『ディア・エヴァン・ハンセン』の特徴は、もともと2015年に誕生した物語を、2021年の現在にきちんとフィットさせようとしたところにもある。本作には、2021年現在の社会状況や倫理観をなるべく反映しようという意志が見て取れるのだ。その変化には、6年という月日でアメリカや世界がいかに変化したかが表れてもいる。
本作は白人男性であるエヴァンの物語であり、原作ではコナーの家族も揃って白人という設定だ。しかし、映画版はコナーの父であるラリーの設定を義父に変更し、キューバ系アメリカ人のダニー・ピノが演じた。この変更は多様性の確保という観点だけでなく、ひとつの家族の中に複数のレイヤーがあり、“息子の死”という出来事に対しても反応が異なるという描き分けを強調することにつながっている。
また、エヴァンやゾーイ、コナーたちの通う学校には様々な人種・民族の生徒がいて、劇中ではこの学校が“多様性の包摂”をスローガンとしていることも示される。エヴァンの友人・ジャレッドの設定も、異性愛者の白人から、演じるニック・ドダニと同じゲイのインド系アメリカ人という設定に変更された。
『ディア・エヴァン・ハンセン』© 2021 Universal Studios. All Rights Reserved.
そして、物語の舞台は新型コロナウイルス禍のない世界だが、この映画自体は明らかにコロナ禍を踏まえて作られている。チョボスキーは『ディア・エヴァン・ハンセン』の映画化にあたり、現代の若者が抱えるメンタルヘルスの問題に関心を抱き、これを「特にパンデミック後はより深刻な状況」だと捉えていたとのこと。こうした問題意識と社会情勢の影響は、作品の見せ場である「ユー・ウィル・ビー・ファウンド」の歌唱シーンで直接的に表現されている。
なお、本作の撮影は2020年8月から12月、コロナ禍のまっただなかに行われたもの。エヴァン役のベン・プラットは当時27歳で、コロナ禍のために撮影がこれ以上遅れれば、年齢の問題ゆえに自ら演じることはできなかったかもしれないと述べている。そもそも本作はベンありきの企画だったため、再演なくしては映画化の実現さえ難しかっただろう。
映画『ディア・エヴァン・ハンセン』は2021年9月に米国公開を迎え、11月に日本公開となった。現代ミュージカルの傑作が、今この時代を踏まえた映画として創り直され、そして永遠に残されることには、一時閉鎖に追い込まれていたブロードウェイにはなしえなかった大きな意義がある。
ちなみにこの映画版を経て、2021年12月11日には、ようやくブロードウェイの地で舞台版の上演が再開される予定。映画からバトンを再び受け取るようにして、これからも『ディア・エヴァン・ハンセン』は走り続ける。
[参考文献・資料]
『ディア・エヴァン・ハンセン』プレス資料
Steven Levenson, Benj Pasek & Justin Paul, Dear Evan Hansen (New York: Theatre Communication Group, 2017)
Steven Levenson, Benj Pasek & Justin Paul, Dear Evan Hansen: Through the Window (New York: Grand Central Publishing, 2017)
More Hope For A Post-COVID World: Ben Platt Wants To Return To Broadway – Q&A
文:稲垣貴俊
ライター/編集/ドラマトゥルク。映画・ドラマ・コミック・演劇・美術など領域を横断して執筆活動を展開。映画『TENET テネット』『ジョーカー』など劇場用プログラム寄稿、ウェブメディア編集、展覧会図録編集、ラジオ出演ほか。主な舞台作品に、PARCOプロデュース『藪原検校』トライストーン・エンタテイメント『少女仮面』ドラマトゥルク、木ノ下歌舞伎『東海道四谷怪談―通し上演―』『三人吉三』『勧進帳』補綴助手、KUNIO『グリークス』文芸。
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『ディア・エヴァン・ハンセン』
11.26(金)ロードショー 配給:東宝東和
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