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ナンシー・マイヤーズ監督『恋愛適齢期』が、ロマンティック・コメディ業界に起こした革命

(c)Photofest / Getty Images

ナンシー・マイヤーズ監督『恋愛適齢期』が、ロマンティック・コメディ業界に起こした革命

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人生の後半期に、新しい関係を始める勇気



 もうひとつ、この映画の革命的な点は、中高年が抱える現実問題を率直に紹介した点だ。年齢による性機能の低下。老いた体に感じる羞恥心。孤独への不安。死への恐怖。エリカとハリーは、裸になって抱き合うことで、互いの悩みを赤裸々にぶつけあう。ハリーはバイアグラに頼らず初めてセックスできたことに感動し、エリカも自分の体への自信を取り戻す。常にハイネックで自分の首を隠していた彼女が「ハサミでハイネックを切り裂いて」と指示する場面は、滑稽なようで実に感動的だ。


 マイヤーズ本人は、この映画を、人生の後半期に差しかかってから恋に落ちた人たちの映画だと語っている。エリカは、最初の結婚生活が終わりを告げ、自分はもう誰かと深い関係になることはないと考えている女性。自立した生活を送る彼女にとって、恋愛はもはや必要ない。だが、心のどこかでは何か今とは別の何かを求めてもいる。レコード会社を営むハリーもまた同じ。60代になっても若い女性を追いかけ回すのは、彼がただロリコン趣味だからというわけではない。他人と深く関わることを恐れるあまり、若い女性との軽いつきあいで自分を守ってきたのだ。



『恋愛適齢期』(c)Photofest / Getty Images


 人は、歳を重ねるなかで自分を守るための鎧を身につけていく。その鎧があまりにも分厚くなってしまうと、人は新しい要素を受け入れられなくなる。他人の差異を受け入れ、お互いを変容させていくのが恋愛だとするなら、分厚い鎧を身につけた中高年ほど、恋愛をするには勇気が必要なのかもしれない。マイヤーズは自分の経験をもとに、歳を重ね頑なになった人々がもう一度誰かと関係を持とうとする、その葛藤を描いてみせたのだ。


 『恋愛適齢期』の後、ハリウッドのロマンティック・コメディ界では、ミシェル・ファイファーが年下の男と恋に落ちる『アイ・クッド・ネバー・ビー・ユア・ウーマン』(エイミー・ヘッカリング、07、未)、中年女性たちがパワフルに恋をする『マンマ・ミーア!』(フィリダ・ロイド、08)、女友達の元夫に恋をしてしまう『おとなの恋には嘘がある』(ニコール・ホロフセナー、13)をはじめ、中年女性の恋愛とセックスというテーマがより肯定的に描かれるようになっていく。


 ナンシー・マイヤーズ自身は、その後、メリル・ストリープを主演にした恋愛映画『恋するベーカリー』(09)を発表。ここでも歳を重ねた女性の恋愛や性的欲望を祝福し、新たな関係を始める勇気を讃えている。そしてダイアン・キートンもまた、『グリフィン家のウエディングノート』(ジャスティン・ザッカム、13)、『また、あなたとブッククラブで』(ビル・ホールダーマン、18)とロマンティック・コメディで恋する女性を演じ続けている。


【参考文献】

Patrick Mcgilligan, Backstory 4, University of California Press, 2006.

Deborah Jermyn, Nancy Meyers, Bloomsbury USA Academic, 2019



文:月永理絵

映画ライター、編集者。雑誌『映画横丁』編集人。『朝日新聞』『メトロポリターナ』『週刊文春』『i-D JAPAN』等で映画評やコラム、取材記事を執筆。〈映画酒場編集室〉名義で書籍、映画パンフレットの編集も手がける。WEB番組「活弁シネマ倶楽部」でMCを担当中。 eigasakaba.net 



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