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『ゴヤの名画と優しい泥棒』現在のイギリスにも通じる、1961年の“宙ぶらりん”の感覚

©PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020

『ゴヤの名画と優しい泥棒』現在のイギリスにも通じる、1961年の“宙ぶらりん”の感覚

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1961年と今に共通する”宙ぶらりん”の感覚



 イギリス北東部のニューカッスルでタクシー運転手をしているケンプトン(ブロードベント)。彼は、ゴヤの名画”ウェリントン公爵”を、ロンドンのナショナル・ギャラリーから強奪した罪で逮捕される。名画を人質に取り、公共放送BBCの受信料無料を要求するケンプトン。それは、孤独な高齢者や退役軍人たちの苦しい生活を助けるためだった。これに対して陪審員たちはどんな判断を下すのか? このメインプロットの背後には、ケンプトンの家族にまつわるエピソードが隠されていて、それがこの物語をさらに味わい深いものにしている。


 この強奪事件は実際にあった出来事だ。ミッシェルがこの実話に着目したのは、1961年という時代背景が少なからず関係している。戦争による飢餓から国民を救うための配給制度が1954年に廃止され、やがて訪れるビートルズ旋風の間に挟まれた”Limbo Land(宙ぶらりん)”と呼ばれる時代。この宙に浮いた感覚は、2016年の国民投票によりブレグジットが決まって以降、行き場をなくした現在のイギリスと酷似している。


『ゴヤの名画と優しい泥棒』予告


 弱者のために名画を強奪し、投獄され、断罪されることも厭わないケンプトンと、彼に声援を送る家族や民衆の存在。それは、似通った2つの時代を跨ぐ希望の星だ。その星が、今のイギリス人をどれだけ勇気づけ、イギリス人であることの誇りを目覚めさせたか、想像に難くない。本作がイギリスで高評価を得た理由はそこにあるような気がする。


 また、脚本家コンビのリチャード・ビーンとクライヴ・コールマンが行間に忍ばせた、イギリス映画伝統のコメディセンスも見逃せない。『ラベンダー・ヒル・モブ』(51)*に代表される、”イーリング・コメディ”と呼ばれる作品群に通底するセンスだ。



『ゴヤの名画と優しい泥棒』©PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020


 さらに劇中には、映画通の興味をくすぐるジョークも用意。ケンプトンと妻のドロシー(ヘレン・ミレン)が足を運ぶ映画館では『007/ドクター・ノオ』(62)が上映されている。ドクター・ノオの隠れ家には、”ウェリントン公爵”が堂々と飾られており、当時世間を騒がせていたゴヤの名画を盗んだのは、ドクター・ノオだったというシャレとなっている。


 ちなみに、『ドクター・ノオ』でプロダクション・デザイナーを務めたケン・アダムは、絵画が強奪された直後にナショナル・ギャラリーに連絡を取って絵画のスライドをコピー。映画のクランクインぎりぎりでレプリカを完成させ、撮影に間に合わせたという経緯がある。


*)ロンドンの銀行で金塊運搬の仕事をしていたアレック・ギネス扮する主人公が、金塊強奪に着手するケイパームービー。無名時代のオードリー・ヘプバーンがワンシーンだけ顔を出す。





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