実在の人物と協力して、実話を忠実に映画化
アメリカの雑誌”The New Yorker”が作っているウェブ・マガジン“Vulture”(19年10月30日号)に掲載された『インサイダー』をめぐる記事によれば、マイケル・マンは90年代にアメリカの武器商人をめぐる映画を企画していて、CBSの報道番組「60ミニッツ」のプロデューサー、ローウェル・バーグマンに相談していたようだ。
ふたりで企画を練っていた95年秋頃に、ワイガンドの告発が「60ミニッツ」で放映された。しかしその内容は、タバコ会社の告訴を恐れ不本意な内容となっていた。マンはそれを見て、ワイガンドとバーグマンが巻き込まれているタバコ業界をめぐる騒動の顛末を描きたいと思い始めた。
前述の記事によれば、「もう武器商人の映画のことは忘れよう。君が巻き込まれている事件の方がおもしろい」とマンはバーグマンに言ったという。そして、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(94)でアカデミー脚色賞を得ていた脚本家のエリック・ロスに話を持ちかけた。彼はバーグマンに連絡を取り、話をするうちに意気投合したという。また、内部告発者のジェフリー・ワイガンドにも会うことができた。
この映画の原案となったのはアメリカのカルチャー誌“Vanity Fair”(96年2月号)に掲載されたマリー・ブレーナーの記事”The Man Who Knew Too Much(知りすぎた男)“で、マン監督は記事に沿って厳格な”ファクト・チェック“を行い、事実を歪めない映画化をめざしたという。監督に言わせれば、バーグマン流のジャーナリズム精神を生かした作品にしたかったようだ(とはいえ、もちろん、ドラマとしては映画用に脚色されている)。
『インサイダー』(c)Photofest / Getty Images
バーグマン役としてマンが考えたのはアル・パチーノだけだったという。それまでパチーノは出世作『ゴッドファーザー』シリーズ(72~90)や『スカーフェイス』(83)のようなギャング、『セルピコ』(73)や『ヒート』では警官、『狼たちの午後』(75)は強盗、オスカー受賞の『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(92)では軍人などを演じてきた。マンは彼のこれまでにない個性を引き出したかったというが、番組の証言者を徹底的に守ろうとするプロデューサーに扮したパチーノは、いつになく抑制の効いた懐の深い演技を見せる。マンとパチーノは雑誌「タイム」の編集者とつきあい、ジャーナリズムの世界を体験して映画の役作りに生かしたようだ。
告発者となるワイガンド役として、最初にマンは『ヒート』で起用したヴァル・キルマーを考えたそうだが、『L.A.コンフィデンシャル』(97)を見た後はラッセル・クロウに目をつけた。この話が来た時、クロウは33歳だったが、実在のワイガンドは50代半ば。実年齢より20歳も上の人物を演じることに最初は抵抗も感じたそうだが、覚悟を決めて引き受けた後は16キロ体重を増やし、髪を7回も脱色して白髪に変え、主人公の中年男になりきった。さらに彼の話を収めた6時間のテープを何度も聞き直して本人の話し方を身につけるようにつとめた。ワイガンド本人とも会ったようだ。主人公は日本に住んだことがあり、日本語が得意だったので、クロウ自身も役作りのため日本語を勉強したという(劇中で日本語を話す場面もある)。
“Vanity Fair”の記事に登場するワイガンドは大きな怒りを秘めた人物でもあり、筆者のブレーナーは彼のことを「彼の顔には不安が浮かび、どこか謎めいた暗さを漂わせ、作家ジョン・アーヴィングの写真の中の顔を思い出させた」と記述している(アーヴィングは「ガープの世界」「ホテル・ニューハンプシャー」の筆者として知られる)。
ワインガンドが出演したアメリカの国民的な報道番組「60ミニッツ」の名物キャスター、マイク・ウォーレス役にはベテランのクリストファー・プラマーが扮しているが、彼を役に推薦したのはパチーノで、舞台の演技を何度も見ていて以前からファンだったという。マンも70年代からプラマーと仕事をしたいと考えていて、彼をキャスティングすることに賛同した。
世代が異なる3人の演技派俳優が共演することで、演技の部分でも密度の濃い仕上がりとなっている。「60ミニッツ」のエグゼクティヴ・プロデューサー、ドン・ヒューイット役には『ブギーナイツ』(97)、『マグノリア』(99)のフィリップ・ベイカー・ホール。ニコチンの中毒性を公の場で否定するタバコ業界の大物役に英国の男優、マイケル・ガンボン。2004年以降の『ハリー・ポッター』シリーズの気のいい校長先生役で知られているが、この映画では短い出番ながらも曲者ぶりを見せている。