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『インサイダー』ジャーナリズムが後退する瞬間を捉えた骨太な社会派ドラマ

(c)Photofest / Getty Images

『インサイダー』ジャーナリズムが後退する瞬間を捉えた骨太な社会派ドラマ

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テレビや新聞の報道が輝いていた時代



 前述の“Vulture”の『インサイダー』をめぐる記事は全米での映画公開から20年後の2019年に書かれているが、そこには興味深い指摘がある。「20年後、『インサイダー』はマイケル・マンの大いなる予言となった」と題された記事で、筆者のビルジ・エビリは「99年に作られたこの映画は、テレビや新聞のレポートが世の中を変える力を持っていた時代ならではのタイムカプセルである」と書いている。


 世の中を変えた新聞記事というと、まず思い浮かぶのが70年代の<ワシントン・ポスト>の告発事件だろう。ウォーターゲート事件に関する告発をふたりの記者が書き、その結果、事件に関与していたニクソン大統領が辞任に追い込まれた顛末は映画にもなり、『大統領の陰謀』(76)ではふたりのジャーナリストをダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードが演じて評判となった。今でも社会派映画の傑作と考えられていて、近年では同じく70年代の<ワシントン・ポスト>を舞台にしたスティーヴン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(17)でべトナム戦争をめぐる隠された真実が明かされていた。かつて<ワシントン・ポスト>や<ニューヨーク・タイムズ>のようなアメリカの新聞記者は花形の存在に思えたものだ。


 『インサイダー』でも問題の記事が掲載された<ニューヨーク・タイムズ>が路面の売り場に到着すると、思わず鼓動が高鳴る。ささやかな場面ながら、新聞記事に世論をゆさぶる力があった時代の描写になっている。 “Vulture”の記事はさらにこう指摘する――「マンの映画は今の時代に通じる内容を描き、とても予見的だ。それというのも、アメリカのジャーナリズムの後退する重要な瞬間をとらえた作品になっているからだ」。



『インサイダー』(c)Photofest / Getty Images


 タバコに含まれるニコチンの有害さを知るワインガンドは、覚悟を決めて「60ミニッツ」に出演するが、CBSの上層部のさまざまな思惑があり、オリジナル版を放送することができない。真実より局の事情や大企業への配慮の方が優先された結果の決断だ。番組キャスターのウォレスは途中からCBS側につく人物として描かれ、プロデューサーのバーグマンと対立する(映画の人物像は脚色されていて、現実のウォレスは早い段階から局に不満を持っていたという)。そして、バーグマンは自分を信じた証言者を守り切れなかったことに責任を感じていて、最終的には番組を退く決意を固める。


 マン監督は“Vulture”の記事の中で「私自身が特に興味をひかれたのは、ふたりの人物の内面をめぐる旅だった」と語っている。ワイガンドとバーグマンは、もともとは大きな組織に属しながら、最終的には組織に背を向け孤軍奮闘する。だからこそ、ふたりの間には共感しあえるものがあったのだろう。


 部屋の中での描写が多く、派手な動きも少ないが、そんな設定だからこそ、監督や俳優たちの力が際立ち、撮影監督ダンテ・スピノッティ(『ヒート』、『L.A.コンフィデンシャル』)の陰影のあるカメラワークも印象に残る。


 昨年、日本で公開されたトッド・ヘインズ監督の社会派の力作『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』(19)は環境汚染の問題を告発した弁護士をめぐる実話の映画化で、アメリカの大手企業デュポン社の闇が題材になっていた。製作にあたってヘインズは『大統領の陰謀』や『インサイダー』を参考にしたという。そんなリスペクトからも分かるように、製作から20年が経過してもマイケル・マン監督の『インサイダー』は力を失うことなく、今も大きな手ごたえ感じる骨太のドラマになっている。



文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



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