伝説のラストシーン
結果的に『ミニミニ大作戦』が、強力なエンジンをふかして他者を圧倒する従来のカーアクションとは全く異なる作風に至ったのも、全てはこのミニクーパーが要因だ。ミニならば、とことん小回りが効く。渋滞のわずかに空いた狭間を涼しい表情で、軽業師のようにスイスイと進むことができる。
昨年90歳で亡くなった名スタントマン、レミー・ジュリアン(007シリーズなど)が手掛けたアクションシーンは、いまやどれもが伝説として刻まれている。建物やアーケードの内部を縦横無尽に駆け廻り、教会の石畳を斜めに滑り降ったかと思えば、そのあと屋内競技場のドーム型の屋根までヒョイヒョイと駆け上っていき、挙げ句の果てにはフィアット社工場の屋上を激走して、勢いよくジャンプ!これぞミニならではのスマート感。まるでダンスを踊っているかのような優雅な動きは、見ているだけで痛快の極みである。
『ミニミニ大作戦』(c)Photofest / Getty Images
こうして運命に導かれるようにたどり着くのが、あまりにも有名な「cliff-hanger ending」だ。未見の方のために詳述は避けるが(というか、文字通りなのだが)これぞまさに思い切りスウィングした60年代の最後を飾るにふさわしい名場面というか、見方によっては片方の体が60年代にとどまり、もう片方はもはや70年代へと突っ込んでしまったような状況とさえ言えるのかもしれない。
作り手にとっては「続編への布石」的な意味合いも少なからずあったものの、結局、イギリスでの大ヒットにもかかわらず、続編が制作されることはなかった。
そして、当のマイケル・ケインはそんな続編になど何の未練もないかのように、1970年代に入ると『ミニミニ大作戦』のコミカルさからは想像もできないハードな復讐劇『狙撃者』(71)で新たな伝説を切り開く。彼の役柄はどこまでも寡黙に敵を追うギャング役。印象的な笑顔もなし。この変わり身の鮮やかさは実に見事というほかない。
『狙撃者』予告
いや、何も70年代に限ったことではないのだ。ケインは結局のところ、80年代、90年代も魅力を失わず、さらに00年代以降もなお、作品の大切な重石となって相変わらずの存在感を発揮し続けている。求められる役柄は年齢とともにだいぶ変わったが、いまだに彼がふっと笑うと空気がゆったりと和らぎ、なおかつ作品全体が香ばしく華やぐことに変わりはない。
俳優にとっての”旬な時期”なんて、通算するとほんのわずかに過ぎないとよく言われる。しかしマイケル・ケインは、ある意味、ずっと旬。そうあり続けることを許された稀有なる存在と言えるのかもしれない。
参考資料:
『ミニミニ大作戦』DVD(パラマウント ジャパン/2006)音声解説、特典映像
https://www.topgear.com/car-news/movies/secrets-behind-cars-and-stunts-italian-job
https://www.topgear.com/node/283886
https://www.cntraveller.com/gallery/the-italian-job-film-locations
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
(c)Photofest / Getty Images