(C)(株)さくらプロダクション/日本アニメーション1992 (C)1992劇場用映画「ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌」製作委員会
『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』伝説の音楽アニメに込められたもの 前編
2022.08.09
すべての人にそれぞれの人生がある
ほかにもいくつか例を挙げてみよう。例えばまる子と絵描きのお姉さんが静岡の地下街で出会うシーンでは、行き交う人々が実に具体的に描きこまれている。よく見ると、ネギを入れた買い物袋を持って歩く妊婦がいるなど、ただ背景を埋めるための没個性なモブが存在しないのだ。
また、まる子が初めてお姉さんの家を訪ねた際に窓から顔を出すと、隣の敷地にバックで駐車しようと自動車が入ってくる。特にストーリーに絡むことのないただそれだけの描写なのだが、偶発的な要素がさらりと挟み込まれることで、その場に流れる時間や空気感が立体的に立ち上ってくる。
言わずもがなのことかも知れないが、これらの細かい描写は、アニメという特性上、たまたま映り込むということは絶対にありえない。漫画版ではコマとコマの間でこぼれ落ちてしまう瞬間を、わざわざ絵に起こしてアニメーションにしているのだ。通常なら3万枚程度のセル画で済むところを倍の6万枚使ったという逸話も、決して音楽シーンだけが理由ではないだろう。
手間暇がかかるアニメーションは、どこに力を入れて、どこで力を抜くかがスタッフの調整のしどころだと思うのだが、この映画では、画面に映るキャラクター全員がメインキャラと同等に扱われている。何度見返しても、画面の端のさりげない動きを見ているだけで飽きないのは、このアニメ表現の豊かさに負うところが大きい。
この方針を立てたのが、さくらももこなのかアニメ側のスタッフなのかはわからないのだが、先に引用したさくらももこの世界観を反映していることは明らかであり、この作品全体を特徴づける大きなコンセプトになっている。どうか、この映画を観る機会があるなら(少なくとも渋谷TSUTAYAではVHSがレンタル可能)、画面の隅々にまで気を配って観てほしい。でもキリがないので、どうか物語を追うのに邪魔にならない程度でお願いします。
そして「すべての人にそれぞれの人生がある」という俯瞰の視点は、本作の最重要キャラである絵描きのお姉さんの嫁入り話から浮かび上がる途方もないテーマ性にもつながっていると思うので、そちらについては本記事の後編で考察してみたい。
文:村山章
1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。
『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』 Blu-ray
発売日:2022年12月21日(水)
価格:限定版 ¥7,150(税込)/通常版 ¥5,170(税込)
品番:限定版:PCXP.50938/通常版:PCXP.50939
本編:92分
限定版特殊仕様:アウターケース仕様
限定版同梱特典
・ミニコンテ上下巻
・ミニアフレコ台本
・ミニシナリオ
・ミニパンフレット
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