(C)(株)さくらプロダクション/日本アニメーション1992 (C)1992劇場用映画「ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌」製作委員会
『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』伝説の音楽アニメに込められたもの 後編
2022.08.09
※2022年11月4日追記:『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』が劇場公開30周年を記念して、2022年12月21日(水)に遂にBlu-rayでリリースされることが決まりました。
『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』あらすじ
音楽の授業で習った『めんこい仔馬』という歌を気に入ったまる子。図画の授業で「わたしの好きな歌」がテーマになり、まる子は『めんこい仔馬』を題材に選んだ。放課後、まる子は先日知り合った絵描きのお姉さんを訪ね、『めんこい仔馬』の歌をどう絵で表現したらいいか相談する。そこでまる子は、学校では習っていない『めんこい仔馬』の歌の続きを知ってしまう。この歌は、まる子が想像していたようなのどかな歌ではなかった…。
Index
- ファミリー向け映画に込められた哀しい物語
- 裏テーマとして浮かび上がる戦争の影響
- 昭和の時代における〈結婚〉という呪縛とは?
- 映画のために追加されたスズランの花
- 答えの出ないものを曖昧なまま作品化する勇気
ファミリー向け映画に込められた哀しい物語
公開から30年を経てもなお、ファンを増やし続けている映画『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』。この作品が一筋縄でいかないのは、一体どういうつもりなのだろうかと原作者であるさくらももこの意図を測りかねるくらい、複雑で繊細なテーマを扱っていることにある。筆者ならずとも、この物語の顛末には多少なりともモヤモヤした後味を感じるのではないだろうか。
(以下、ストーリーのネタバレがあります)
前回の記事でも触れたように、本作は小学生のまる子と、まる子が静岡で知り合った絵描きのお姉さんとの交流がストーリーの軸になっている。絵が大好きなまる子は、お姉さんを心から慕い、お姉さんもまる子を妹のように可愛がるのだが、お姉さんは結婚が決まって遠い北海道に去っていく。
これだけなら、誰の幼少時代にも訪れる、ちょっとした出会いと別れの物語と言えるかも知れない。だが本作の特異さは、まる子が学校で習った「めんこい仔馬」という童謡が、「実は馬を育てた少女が軍馬として戦地に送り出す歌だった」と判明するエピソードと裏表になっていることだ。
お姉さんは東京に出て絵を続けたいという夢を諦めて、恋人の実家である北海道の牧場に嫁入りする。そしてまる子は、お姉さんの花嫁姿をひと目見ようと式場に駆けつけ、隣の公園のジャングルジムの上から、涙をこらえて大声でバンザイを唱えて送り出すのだ。お姉さんが自ら選んだ道だとはいえ、われわれ観客は、まる子のバンザイを聞きながら、お姉さんの将来と戦地に引かれていく軍馬の運命と重ね合わせずにはいられないのである。
しかも、お姉さんは一度は恋人のプロポーズを断っているのだ。しかしまる子に「絵は北海道でも描ける、でもお兄さんはひとりしかいない」と言われ、牧場の嫁になることを決意する。さすがにお姉さんは推定20代前半の大人なので、小学生に煽られたから結婚するわけでもないだろうが、物語の上では確実に、まる子の言葉がお姉さんが結婚を選ぶトリガーの役割を果たすのだ。
さくらももこは、どんなつもりでこのエピソードを映画の中核に置いたのだろうか? まだほとんどの女性が「家に入る」ことを良しとする価値観に囚われていた時代の物語という見方もできるし、女性の可能性が限定されている社会全体を皮肉っているようにも取れる。今の若い観客の目からすれば、あまりにも保守的な昔話に見えてしまうかも知れない。
さくらももこは惜しくも2018年に早逝してしまったので、その本意を直接確かめることは叶わない。しかし答えは見つからないまでも、さくらももこが残した作品や著述から、この物語の背景だけでも追いかけてみたい。