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『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』伝説の音楽アニメに込められたもの 後編

(C)(株)さくらプロダクション/日本アニメーション1992 (C)1992劇場用映画「ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌」製作委員会

『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』伝説の音楽アニメに込められたもの 後編

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答えの出ないものを曖昧なまま作品化する勇気



 前述の『ひとりずもう』の後、さくらももこは幼少期の記憶を綴った『おんぶにだっこ』という本を出している。同書はエッセイの分野でも次々とベストセラーをものにしてきた彼女が、まとまった文章として発表した最後のエッセイ集となった。


 『おんぶにだっこ』は、一貫してユーモアとナンセンスを売りにしてきたさくらももこが新境地を拓いた作品だった。2歳半から小学校低学年までのエピソードが活写されているのだが、ほとんどの章に、幼い心が感じた失望や不安、別離にまつわるやりきれない思いが描かれていて、さくらももこ自身、執筆中に読者に何を届けようとしているのか何度も見失ったという。


 しかし『おんぶにだっこ』は、答えが出ない問い、容易に答えが見つからない人生そのものを見つめた名作であり、作者自身もあとがきで「何か大きな大切なものがある作品だという気がしてきた」と確かな手応えを述べている。さくらももこという作家が新たなフェーズに入ったことを示す転機作だったといえる。


 『ひとりずもう』にも、結婚にまつわる章がある。「お嫁にいった育ちゃん」というタイトルで、3歳まで同居していた年若い叔母に結婚が決まったという話だ。


 描かれているのは、「たまにはくるから」と言って出ていった叔母がなかなか訪ねてこなかったこと。結婚までは育ちゃんと呼んでいたのに、母親から「育子おばちゃんと呼ばなきゃダメ」と言われたこと。出産後に訪ねてきた育ちゃんと赤ん坊の姿を見て、もう自分は育ちゃんの膝の上で甘えることはできないと悟ったこと。赤ん坊をおんぶしようとしても許されずに、大声で泣いたこと。赤ん坊が眠った後、育ちゃんがそっと膝の上に乗せてくれたこと……。


 『ひとりずもう』に収録されている他のエピソードと同じように、ここには笑えたりホロリとさせる明快なオチはない。ただ、ひとりの女の子の幼さと、確かな洞察力と、本人もどうしていいかわからない感情のたかまりが綴られている。しかし明快な筋道がないからこそ、理屈だけではどうしてもこぼれ落ちてしまう大切な瞬間や気持ちが、作品として刻まれているのだ。そして「お嫁にいった育ちゃん」でも、やはり結婚は、大切な人を遠ざけ、心に痛みを伴うものとして描かれているのである。


 『わたしの好きな歌』のミュージカルシーンのひとつ、細野晴臣の「はらいそ」のシークエンスも興味深い。まる子はお姉さんのアパートで、お姉さんが描いたお姫さまと竜の絵に夢中になる。まる子の空想は広がり、お姫さまは竜と出会い、一緒に冒険し、やがて時間が来て竜は船に乗って去っていく。この時点でまる子は気づいていないが、映画の序盤から出会いの後には別れが来ることが示唆されており、丁寧にタイムリミットを告げる時計が描きこまれているのである。


 『ひとりずもう』のエッセイが書かれたのは2005年。『わたしの好きな歌』からは13年が経過している。しかし『わたしの好きな歌』を観る限り、さくらももこには1992年の時点からからすでに、明快な答えのないものを描きたいという願望があったのではなかろうか。そして『わたしの好きな歌』は、人生において避けて通ることのできない出会いと別れの割り切れなさを、物語と映像に昇華させる試みだったという気がしている。



文:村山章

1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。



作品情報を見る




『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』 Blu-ray

発売日:2022年12月21日(水)

価格:限定版 ¥7,150(税込)/通常版 ¥5,170(税込)

品番:限定版:PCXP.50938/通常版:PCXP.50939 

本編:92分

限定版特殊仕様:アウターケース仕様

限定版同梱特典

・ミニコンテ上下巻

・ミニアフレコ台本

・ミニシナリオ

・ミニパンフレット


(C)(株)さくらプロダクション/日本アニメーション1992

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