1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. 灼熱の魂
  4. 『灼熱の魂』神話のような〈個人史〉ミステリー 若き名匠ドゥニ・ヴィルヌーヴの原点を読む
『灼熱の魂』神話のような〈個人史〉ミステリー 若き名匠ドゥニ・ヴィルヌーヴの原点を読む

©2010 Incendies inc.(a micro_scope inc. company)-TS Productions sarl. All rights reserved.

『灼熱の魂』神話のような〈個人史〉ミステリー 若き名匠ドゥニ・ヴィルヌーヴの原点を読む

PAGES


継承・発展していく「ドゥニ・ヴィルヌーヴの世界」



 『灼熱の魂』はギリシャ悲劇を下敷きに、個人史をめぐるミステリーを壮大なスケールで描いた。撮影はヨルダンとカナダ・ケベックで行われたが、雄大な風景とちっぽけな個人を対比させることで、物語のスケールを人間の存在にとどまらず神話的な領域まで高め、同時に人物の心理と心象風景を描き出したのである。


 こうしたヴィルヌーヴの演出スタイルは本作できちんと確立したのち、その後の作品に継承されていく。世界と個人を映像の中で具体的に対比させる方法は、『ボーダーライン』(15)や『メッセージ』(16)、『ブレードランナー 2049』などに。ストイックな演出による緊迫感の醸成や、ドライだが残酷な暴力表現は、本作と並行して製作された、モントリオール理工学大学の銃乱射事件に着想を得た『静かなる叫び』(09)にも通じるほか、『プリズナーズ』(13)や『ボーダーライン』そして『DUNE/デューン 砂の惑星』へと繋がった。2023年公開の『Dune: Part Two(原題)』も、おそらくこうした方法論が活きることになるのだろう。


 インディペンデント映画から出発したのち、『プリズナーズ』でハリウッドの中規模作品に進出、そして『ブレードランナー 2049』以降はハイ・バジェットの大作映画に挑戦しているヴィルヌーヴは、作品の規模だけでなく取り組むジャンルもさまざまだ。『灼熱の魂』のようにシリアスなドラマ映画を手がけた一方、ミステリー映画やサスペンス、アクション・スリラー、哲学的なSF大作まで、その興味が尽きることはないようにさえ思われる。



『灼熱の魂』©2010 Incendies inc.(a micro_scope inc. company)-TS Productions sarl. All rights reserved.


 しかし、そのキャリアを見渡してから『灼熱の魂』に戻ると、意外にも作家としての核はシンプルに映る。ある過酷な環境下を個人が生きる(旅する)こと、宇宙規模の戦争から個人同士の葛藤まで、世界にあふれる理不尽な暴力と対立を描くこと、そして、その中から新しい希望と可能性を掴み取ろうとすることだ。その上で、個人と世界をつねに画面に収め、等身大ではなく神話的なスケールを求めるのがドゥニ・ヴィルヌーヴの視座であり、彼が創ろうとする世界なのだろう。そう考えれば、映像言語によって現実と自然のリアリティを軽々と超えていった偉大なる先人、アンドレイ・タルコフスキーへの傾倒をどんどん強めていったことも、IMAXカメラでの撮影にこだわるようになったことも必然的ではないか。


 もうひとつヴィルヌーヴ作品の特徴には――ときに批評家や観客の間で「鈍重」「冗長」と批判されることもあるほど――じっくりと丹念に世界を映し取らんとする映像リズムが挙げられるだろう。『ブレードランナー 2049』や『DUNE/デューン』など近年の作品にその傾向は顕著だが、『灼熱の魂』にもその萌芽は現れている。


 おそらくタルコフスキーの影響が大きいことを横においても、このヴィルヌーヴの時間感覚は、彼の作品がもつ破格のスケールに繋がっている。それはすなわち、現実の時間とは異なる映画独自のリズムを観客に提案することだ。日常のリアルな速度でも、昨今のSNSにあふれる映像のスピード感でもない、映画館の暗闇で映像に身を委ねるからこそ味わえる速度のことである。


 タルコフスキー作品がそうであったように、ヴィルヌーヴの映像リズムも、現実につきまとう“本当らしさ”やリアリティを一度解体し、再び構築する。ジャンルにかかわらず、彼の映画に日常や時代をどこか突き放すような魅力があるのはそのためだろう。そして、おそらく人はそれを「神話的」と言ったり、あるいは「巨大なスケール」と言ったりするのである。ただしそこにあるのは、「突き抜けたからこそ獲得できた普遍性」などという口当たりの良さではない。むしろ緊張感と思索をめいっぱいみなぎらせた、孤高の美しさのほうだ。


[参考文献]

『灼熱の魂』パンフレット、東宝(株)出版・商品事業室、2011年

『灼熱の魂 デジタル・リマスター版』プレス資料



取材・文:稲垣貴俊

ライター/編集/ドラマトゥルク。映画・ドラマ・コミック・演劇・美術など領域を横断して執筆活動を展開。映画『TENET テネット』『ジョーカー』など劇場用プログラム寄稿、ウェブメディア編集、展覧会図録編集、ラジオ出演ほか。主な舞台作品に、PARCOプロデュース『藪原検校』トライストーン・エンタテイメント『少女仮面』ドラマトゥルク、木ノ下歌舞伎『東海道四谷怪談―通し上演―』『三人吉三』『勧進帳』補綴助手、KUNIO『グリークス』文芸。




『灼熱の魂 デジタル・リマスター版』を今すぐ予約する↓





作品情報を見る



『灼熱の魂 デジタル・リマスター版』

8月12日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次公開

配給:アルバトロス・フィルム

©2010 Incendies inc.(a micro_scope inc. company)-TS Productions sarl. All rights reserved.

PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. 灼熱の魂
  4. 『灼熱の魂』神話のような〈個人史〉ミステリー 若き名匠ドゥニ・ヴィルヌーヴの原点を読む