※本記事は物語の核心に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。
『フレンジー』あらすじ
かつては空軍の英雄だったものの、生来の気性の荒さが災いして、職を転々とする毎日のリチャード・ブレイニー(ジョン・フィンチ)。そんな彼が、ネクタイで女性を絞殺する連続殺人事件の容疑者として、警察に追われることになってしまう…。
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21年ぶりにイギリスで撮った、ヒッチコック“復活作”
60年代半ばから、アルフレッド・ヒッチコックは不調に喘いでいた。『マーニー』(64)、『引き裂かれたカーテン』(66)、『トパーズ』(69)が軒並み酷評。“サスペンスの神様”とまで称された男の地位はみるみるうちに失墜し、完全に過去の人となってしまったのである。
だがこの老監督は、過去の栄光にすがる晩年を送るつもりは毛頭なかった。齢70を超えても、「常に面白い映画を撮りたい」、「映画の最前線で活躍したい」という闘志が潰えることはなかったのである。大プロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックに請われ、アメリカにやってきたヒッチコックだったが、心機一転ハリウッドを離れることを決意。『舞台恐怖症』(50)以来、22年ぶりにイギリスで新作『フレンジー』(72)を撮影する。故郷に戻ることで、スリラーの名手として名を挙げた頃の“初心”を取り戻したかったのかもしれない。
原作は、アーサー・ラバーンが1966年に発表した小説「Goodbye Piccadilly, Farewell Leicester Square」。それを元に、『探偵スルース』(72)で知られる劇作家アンソニー・シェーファーがシナリオ化した。かつては空軍の英雄だったものの、生来の気性の荒さが災いして、職を転々とする毎日のリチャード・ブレイニー(ジョン・フィンチ)。そんな彼が、ネクタイで女性を絞殺する連続殺人事件の容疑者として、警察に追われることになってしまう…。
『フレンジー』予告
近作の『引き裂かれたカーテン』や『トパーズ』では、スパイだの政治的陰謀だの、スケールがデカすぎて物語をコントロールしきれていない感が拭えなかったが、この『フレンジー』はロンドンを舞台にした小品。“連続殺人”や“間違えられた男”といったヒッチコックお得意のモチーフを持ち込むことで、彼本来の生き生きとした演出術が蘇っている。
「いったん撮影所に入ったら、そしてセット入りして、ステージの重い扉が閉められたら、ハリウッドだろうがロンドンだろうが、わたしにはなんの変わりもないよ。どこだって、映画を撮ることができさえすれば、同じだ」(*)
とヒッチコックはインタビューで豪語しているが、その一方でカンヌ国際映画祭で万雷の拍手を受けるまでは、この新作が皆に受け入れられるかどうか「とても怖かった」ことも告白している。間違いなく、『フレンジー』は彼の復活作となったのだ。