(C) 1963 Alfred J. Hitchcock Productions, Inc. All Rights Reserved.
ヒッチコックの『鳥』が映画史に輝く3つの理由 ※ネタバレ注意
※本記事は物語の核心に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。
『鳥』あらすじ
美しいブロンドの女性メラニー・ダニエルスが、婚約者のミッチ・ブレナーに会いにボデガ・ベイにやってくる。突然、舞い降りてきた1羽の鳥が、メラニーの額をつつき飛び去った。これが事件の発端だった。その後、何千羽もの鳥が町に群れをなしてやってきて、子供や住民たちを襲う。ミッチやメラニーも、何の理由もなく襲う鳥たちの力と戦うのに命をかける。
Index
- サスペンスの巨匠が踏み出した、パニック・スリラー大作
- 鳥たちの理由なき襲来と、綿密に描きこまれた人間ドラマ
- 鳥襲来。特殊効果のために活用されたディズニーの合成技術
- 音楽なし!?電子楽器が奏でる音響効果の凄み
サスペンスの巨匠が踏み出した、パニック・スリラー大作
鳥たちが人間に襲い掛かるーー。たったこの一行で映画の概要を大方説明できてしまえる作品も他にないだろう。食いつく人はこれだけでグッと食いつく。それは一見、「シンブル・イズ・ベスト」の極致であるようにも思える。
だが、単純に見えるものほどその裏側では周到な作り込みが成されているのは世の常だ。特に本作は、世界中でセンセーションを吹き荒らした『サイコ』(60)に続く新作ということもあり、ヒッチコックはこれまでになく産みの苦しみを味わった。そうやって技術的にもストーリー的にもかつてないほどの執念と情熱を注ぎ込んだ末に、この世紀の大怪作が誕生するのである。
原作はダフニ・デュ・モーリエの短編小説。この中でヒッチコックを何よりも魅了したのは、一羽ならまだ可愛げもある鳥たちが、よりにもよって集団化して人間サマへ襲いかかってくるという黙示録的な発想だった。
彼は、「できる、できない」という尺度で企画を探すことはしない。まずは心ときめくアイディアを追い求め、それらが見つかって初めて「どうやったら実現できるだろうか」とスタッフとともにじっくりと探っていく。
『鳥』(C) 1963 Alfred J. Hitchcock Productions, Inc. All Rights Reserved.
このときもそうだった。彼はすぐさま美術監督のロバート・ボイルに「これが映画化できそうかどうか検討してくれ」と依頼。原作を読んだボイルの脳裏には自ずとムンクの名画「叫び」のイメージが浮かび上がってきたという(*1)。
おそらく、鳥に逃げ惑う主人公のみならず、前人未到の映像に取り組んだ技術スタッフの「叫び」も相当なものだったはず。しかしヒッチコックは何よりも撮影が始まるまでの綿密な準備過程を愛する人で、逆に「本番はすぐに終わってしまうからつまらない」と漏らすほどであったとか。こういう監督が率いるチームだからこそ、誰もが失敗を恐れず、試行錯誤をむしろ楽しみながら、世間をアッと言わせる映像表現の創造に臨むことができたのだろう。
では、具体的に『鳥』の何が凄かったのか。本稿では3つのポイントに注目してみたい。
*1 「鳥」DVD収録のドキュメンタリー映像より