(C) 1963 Alfred J. Hitchcock Productions, Inc. All Rights Reserved.
ヒッチコックの『鳥』が映画史に輝く3つの理由 ※ネタバレ注意
音楽なし!?電子楽器が奏でる音響効果の凄み
3つ目の肝として挙げたいのが「音」の演出である。実は本作、最初から最後までいわゆる「映画音楽」がまったく登場しない。その代わりに用いられるのが、当時としては最先端の電子楽器が奏でる鳴き声、羽音、ノイズなどの「音響効果」だ。
ヒッチコックはドイツで「トラウトニウム」なる電子楽器が開発されていることを知っていた。音を取り込んだり、新たな音を作り出し、なおかつそれらに強弱をつけたり、増幅させるなどの変化を加えることもできる機材だ。まさにシンセサイザーの祖先。これならばかつてない音響演出が可能となるかもしれない。そんな希望を胸に、ヒッチコックは『サイコ』の鮮烈な音楽で知られる作曲家バーナード・ハーマン(『鳥』ではサウンドトラックの監修を務めた)とともに西ベルリンへと飛ぶ。
『鳥』(C) 1963 Alfred J. Hitchcock Productions, Inc. All Rights Reserved.
そしていざ電子楽器と対面して「いける!」と判断し、オスカル・ザラやレミ・ガスマンといった専門家たちと共にチームを組み、本作にふさわしい音を構築していった。
いつもなら、ヒッチコックはまず映画の編集を終えるたびにフィルムを1巻ずつ見ながら「ここでこんな音がほしい」とアイディアをどんどん書き貯めていくのだが、今回は電子音楽を使うこともあり、音質や音律、さらに一つ一つの鳴き声や羽音に込めた「人間どもよ、追い詰めたぞ!覚悟しろ!」「我々は今待機中だが、すぐにでも突撃体勢に入れるぞ!」といった意味合いをも細かく指定していったとか(*4)。これによって、楽器の生音を用いる手法とは全く異なる音響効果の可能性が、かつてないほど膨らんでいったのである。
シンセサイザーを効果的に用いた作品としてはスピルバーグの『未知との遭遇』(77)なども有名だが、ヒッチコックはその14年も前に、同じく未知なる言語を持つ鳥たちとの応酬を、こうやって電子楽器で表現することに成功していた。この音の洪水、映像の衝撃に接しながら、当時の観客はそれら目から耳からのインパクトがシンクロしていく恐怖に、どれほど打ち震えたことだろうか。
今や大作映画にはあらゆる場面にCGが湯水のように施され、多様なやり方による音響効果も可能となった。が、あの時代、まだ見ぬ新しいものを果敢に掴み取ろうとした『鳥』の凄みにはなかなか追いつけない。追いつけるわけがない。
いまこの映画を観賞すると、恐怖や驚きを凌駕して、むしろ畏怖の念が込み上げてくる。そして未だに古びることなく、いつまでも新しい。改めて映画の神様ヒッチコックの先見の明、途方もない発想力に恐れ入るばかりである。
*4「映画術」P.308より
参考資料
「鳥」DVD(ジュネオン・ユニバーサル)収録ドキュメンタリー
「定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー」フランソワ・トリュフォー/山田宏一・蓮實重彦訳/1990/晶文社
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
『鳥』
Blu-ray:1,886円+税/DVD:1,429円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
(C) 1963 Alfred J. Hitchcock Productions, Inc. All Rights Reserved.
※2019年7月の情報です。