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『フレンジー』ヒッチコック史上最も暴力的で、最も不道徳なフィルム※注!ネタバレ含みます。

(c)Photofest / Getty Images

『フレンジー』ヒッチコック史上最も暴力的で、最も不道徳なフィルム※注!ネタバレ含みます。

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コヴェント・ガーデンをロケ地に選んだ理由



 本作の主な舞台は、ロンドン中心部シティ・オブ・ウェストミンスターに位置するコヴェント・ガーデン。およそ300年に渡って青果市場として栄えた、活気のあるエリアだ。『マイ・フェア・レディ』(64)のロケ地としても有名で、オードリー・ヘップバーンが野菜を手にとって歌うシーンが印象的に使われている。


 だが‘70年代半ばになると、市場はテムズ南岸に位置するナイン・エルムズへと移転。跡地にはショッピング・センターが建設され、博物館やオペラハウスが立ち並ぶ観光地へと変貌を遂げた。青果市場として活気があったコヴェント・ガーデン最後の面影が、『フレンジー』には収められているのである。


 実はヒッチコックの父親は、コヴェント・ガーデンで働いていた商人。彼にとってここは、多感な少年時代を過ごした思い出の場所でもあった。父親の知人が撮影中にセットを訪れ、ヒッチコックが彼にランチをご馳走した、というエピソードも伝えられている。青果市場としての時代が終焉を迎えつつあることを察知していたヒッチコックは、「少年時代の記憶をフィルムに焼き付けたい」という想いでカメラを回したのだろう。


 周囲からは、「映画監督として終焉を迎えている」と思われていたヒッチコック。そんな彼が、「青果市場としての時代が終焉を迎えている」コヴェント・ガーデンを舞台に選んだことに、筆者は何かしら不思議な符号を感じてしまう。どんなに抗っても時代に呑まれそうになる自分自身を、この思い出の地に投影していたのかもしれない。



『フレンジー』(c)Photofest / Getty Images


 筆者が推察するに、ヒッチコックがコヴェント・ガーデンをロケ地に選んだもう一つの理由は、『フレンジー』が“食”をテーマにしているから。なるほど、“食”を描くにあたって青果市場はうってつけの舞台だろう。だが本作において、食欲は性欲とほぼ同義語として扱われている。真犯人のロバート・ラスク(バリー・フォスター)は青果市場の仲買人という設定で、やたら果物をかじっている。明らかに果物は、女性自身を表すメタファー。そう考えると「果物をかじる仕草」とは、彼が「力づくで女性と性行為に及ぶ殺人鬼」であることの暗示とも考えられる。


 もう一つ印象的なのは、オックスフォード警部(アレック・マッコーエン)が自宅に戻るたびに、夫人(ヴィヴィアン・マーチャント)が腕によりをかけて作った珍妙な料理の数々に、悪戦苦闘するシーン。どの料理もグロテスクで全く食欲はそそられない。食欲=性欲と仮定するならば、「性行為も見た目にはおぞましいこと」であるという、ヒッチコックらしいブラック・ユーモアとも受け取れるのだ。




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