自己陶酔的な映画に世間の反応は…
期待に応えるべく、トニーはこれまでのCM界で培った経験と手法、さらにはありったけの情熱をここに注ぎ込んで、自分の理想型に近い形で芸術性に富んだヴァイパイア・ムービーを完成させた。
トニー自身のDVD音声解説によると、彼がリスペクトしていたニコラス・ローグ作品や、写真家ヘルムート・ニュートンの独特のスタイルなどの影響が、本作には多分に活かされているのだとか。さらにどんな些細なシーンでも幻想的な雰囲気を出すべくスモークが多用されており、こういった映像の織り成し方は兄リドリー作品から受け継いだものだと言う。
どのシーンも怪しげで、衣装から美術、デイヴィッド・ボウイがみるみるうちに老化していく特殊メイク(手掛けたのは『小さな巨人』/70や『アマデウス』/84や黒沢清の『スウィート・ホーム』/89でも知られる巨匠ディック・スミス)に至るまで、とにかく細部まで手が混んでおり、息を呑むほど美しい。
『ハンガー』(c)Photofest / Getty Images
しかしこういった映像美や幻想性にこだわるあまり、語り口のスピード感は失われ、観客を惹きつける物語の磁場のようなものはなくなった。また、全てをビジュアルによって情緒的に訴えかけようとすることで、「分かりにくさ」や「割り切れなさ」の方に傾いてしまったことも悔やまれる。
結果、この作品は一部のファンの間でカルト映画として評価されつつも、観客や批評家たちからは「自己陶酔的」「難解」などと思い切り酷評された。トニー・スコットの映画キャリア1ページ目は、かくも精魂込めて作り上げた作品の「全否定」から始まったわけで、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで学び、かつては画家になりたかったほどの芸術家志向のトニーとしては、さぞや手痛い経験だったことだろう。
この評価で新たな映画オファーなど来るわけもなく、3年に渡って彼は完全に干された状態が続いた。その間、彼はまた古巣のCMやミュージックビデオの世界に舞い戻って、地道に映像作りに臨む日々が続いていたわけである。