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『ハンガー』トニー・スコットがデビュー作で描いた芸術的なヴァンパイア・ストーリー

(c)Photofest / Getty Images

『ハンガー』トニー・スコットがデビュー作で描いた芸術的なヴァンパイア・ストーリー

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人生を変えた一本のCM、『トップガン』への抜擢



 しかしそんな中で手掛けた一本のCMが彼の人生を変えることになる。それはSAABの車が滑走路で戦闘機と併走するいうもので、これに目をつけたのがドン・シンプソンとジェリー・ブラッカイマーという製作者コンビだ。



 ドン&ジェリーは戦闘機乗りたちの映画を準備中で、この前代未聞のプロジェクトを仕切れる逸材を探していたところ、トニーのCMに遭遇した。それはまさに映画史の一つの決定的瞬間と言えるだろう。二人は「彼しかいない!」と確信し、この雲を掴むような破壊のスケールのアクション大作にトニーを抜擢しようと決めたのである。


 こうして出来上がった『トップガン』は、前作『ハンガー』のゆっくりとした語り口とは天地が逆転したかのような作品だった。狙い通りの迫真のスピード感を獲得しており、ストーリー展開、登場人物の心理ともに難解さなど微塵もなく、実にわかりやすい内容となっている。頭で考えるのではなく、心と体で没入できるトニー・スコットの映画スタイルはここから始まったと言っていい。


『トップガン』予告


 今思うと、前作であれほど世間的な「全否定」をくらった彼だからこそ、2作目では自意識をおくびにも出すことなく、ただひたすら「速く、分厚く、熱い」映画へと振り切れることができたのかもしれない。


 ご存知の通り、その後の彼は「速く、分厚く、熱い」路線を持ち味としながら、ハリウッドの王道をとことん極めていった。しかし、ファンにとって嬉しいのは、こうした重量級の描写の細部に、かつて『ハンガー』で見られたようなトニー・スコットのアーティスティックな一面が瞬発的に垣間見えることではないだろうか。



『ハンガー』(c)Photofest / Getty Images


 それらは決して間延びすることなく、幻想的、魅惑的なシーンがあれば、次の瞬間にギュン!とリアルでハードなシーンへと突き戻されるなど、観客を終始飽きさせることのないメリハリの抑制が利いた一連の場面として味付けされている。そこがトニーの巧さであり、『ハンガー』の教訓から彼自身が学んだことでもあるだろうし、さらにいうと、こういった芸術性はトニー作品の分厚いドラマや壮絶なアクションの下支えや奥行きにもなっていると私は確信する。


 稀代の名監督、トニー・スコットが亡くなって10年。彼を知る誰もが「穏やかで陽気な人だった」という。色褪せた赤いキャップに機能性ベストという、撮影現場でのお決まりスタイル。そして撮影での日焼けのせいか、ほんのり赤味のさした顔。写真の中のトニー・スコットはいっさい歳を取らぬまま、歳月だけが過ぎ去り、我々ファンはまた10年、歳を取った。


 これからも彼が遺した『ハンガー』から『アンストッパブル』(10)まで、16本の長編監督作を折々に見返しながら、彼が作品に込めたエネルギッシュで芸術的なひと塗りひと塗りをしっかりと噛み締めていきたいものである。



参考資料:

ハンガー』DVD音声解説

トップガン』DVD音声解説

https://www.denofgeek.com/movies/looking-back-at-tony-scotts-the-hunger/

https://www.gq-magazine.co.uk/article/david-bowie-death-anniversary



文:牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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(c)Photofest / Getty Images

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