旅を続ける理由
サプライズを起こそうと、連絡もせずアルマを訪ねたフェリックス。アルマはそんなフェリックスに冷たい。カフェでの再会の瞬間から明らかに彼女は苛立っている。シェリフは子守役を遠慮なく頼んでくるエレナに苛立ってしまう。フェリックスもシェリフもヴァカンス先で女性の態度に翻弄されている。期待していたヴァカンスは、ことごとく失敗に終わってしまう。そのグラデーションの隙間に歌が侵入していく。
ウェス・アンダーソンの『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(21)でもジャーヴィス・コッカーが歌っていたクリストフ「愛しのアリーヌ」をカラオケで歌うシーンがある。ウェス・アンダーソンはフランスのナイトクラブに立ち寄った際、この曲をクリストフ本人が弾き語りで歌う姿を偶然にも目撃している。サビになるとオーディエンスのとんでもない大合唱が始まり、圧倒されてしまったのだという。制作順は『みんなのヴァカンス』の方が先だが、規模や方法は違えど、同じく「小劇場」的なセンスを持ち合わせた二人の映画作家の思わぬ共振に心が震える。このカラオケシーンには、ギヨーム・ブラックの前作『7月の物語』(17)のダンスシーンのように、時間が止まってしまったかのような生の美しさがある。ヴァカンスの終わりが近づいている。もうすぐ夏が終わろうとしている。
『みんなのヴァカンス』(C)2020 – Geko Films – ARTE France
ヴァカンスは期待していたものにはならなかった。それでもあなたといるこの景色には好きな香りがする。普段と「香りがまるで違う」ことに驚くのだ。この言葉はエリック・ロメールの『友だちの恋人』での、恋人たちが交わした会話の一部だが、本作の登場人物なら、皆が口を揃えて同じことを言うだろう。『友だちの恋人』のヒロインが木々にそよぐ風を見上げ、訳も分からず泣き出してしまったように。
ギヨーム・ブラックの描くヴァカンスでは、本来出会うはずのなかった人たちが集まり、そして解散する。ヴァカンスに参加した者は何かを共有して、それぞれの生活に戻っていく。それは映画撮影の過程とよく似ている。そして何より劇場での映画体験とよく似ている。ぼくらが旅に出る理由。本作の見つめ合う瞳には、その理由が語られている。私たちにはこの旅を続けていく理由があるのだ。
*1 Les Inrocks[Guillaume Brac : “Quitte à faire un film sur la jeunesse, autant que ce soit la jeunesse dans son ensemble”]
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『みんなのヴァカンス』
2022年8月20日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
(C)2020 – Geko Films – ARTE France