2022.10.14
運命に引き付けられた名優の競演
本作を楽しむためのもう一つのポイントは2人の名優の競演だ。製作がスタートした1977年当時、70歳で病気がちだったローレンス・オリヴィエが出演を承諾したのを受けて、グレゴリー・ペックはすぐにメンゲレ役を引き受ける。この”アメリカの良心”と謳われた名優が、珍しくキャリア初とも言われる悪役にチャレンジしたのは、オリヴィエと共演したかったからだと言われる。彼の挑戦に対して一部メディアは否定的だったが、ペック本人が「私がこの役に適しているとオリヴィエも感じていた」と反論。オリヴィエの意見は正しかったと思う。メンゲレが真っ白な3ピーススーツにイエローのタイ、そして、髭剃り跡を白粉で白くしたような顔で水上飛行機から陸地に降り立つ最初の登場シーンから、邪悪な思想に魅入られた男になり切ったペックの怪演は、疑う余地なくイメチェンの成功例と呼べるもの。ペックの悪役がもっと見たかったと感じるファンは多いはすだ。
『ブラジルから来た少年』(c)Photofest / Getty Images
そして、オリヴィエはリーバーマン役でキャリアを通じて10度目、そして最後のオスカー・ノミネーションを受けた。偶然か否か、彼が9度目のオスカー候補となった『マラソンマン』(76)で演じたクリスティアン・ゼルは、ヨーセフ・メンゲレがモデルだと言われている。ダイティン・ホフマンを治療台の上に固定して歯の神経を痛めつけた、あの恐ろしいナチスの戦犯である。その振れ幅の大きさたるや!彼のような俳優はもう2度と現れないだろう。
メンゲレとリーバーマンが格闘するクライマックスは、当時オリヴィエが著しく体調を害していたことが効果的に作用し、老いた男同士の動きとは思えない闘志に溢れているようだった。見ていて思わず力が入ってしまう。ペックはその時のことを振り返り「まるで床に寝転がって格闘しているようだった」と笑いながら語っている。