©2021 F Comme Film - Trois Brigands Productions - Le Pacte - Wild Bunch International - Auvergne-Rhône- Alpes Cinéma - Division
『ファイブ・デビルズ』秘密の傷跡、その向こう側
儀式の映画
『ファイブ・デビルズ』に大きなインスピレーションを与えた作品として、レア・ミシウスはフォルカー・シュレンドルフの手掛けた『ブリキの太鼓』(79)を挙げている。『ブリキの太鼓』の少年オスカルは、叫びでガラスを割ることができる。オスカルが最初に割ったのが時計だったことは象徴的だ。少年は手始めに「時間」を破壊した。そしてこの少年には、成長を自在にコントロールすることができる能力が備わっていた。おそらくレア・ミシウスは、オスカルが「時間」を破壊するイメージにタイムリープのアイデアを重ねている。
ヴィッキーのタイムリープには魔女的な儀式性がある。タイムリープのために香りを調合する作業では、カラスの死体を煮たり、自身の小便を使用している。学校では「トイレブラシ」という酷い仇名を付けられ暴行を受けているヴィッキー。白人と黒人の混血児というヴィッキーの属性は、この排他的な村社会において差別の餌食となっている。ヴィッキーは同級生からいじめられている惨状を母親に隠している。そして10年ぶりに帰郷したジュリアがこの村を出ていったのにも理由がある。この村には人種差別以外にも多くの差別が渦巻いている。ヴィッキー、ジュリア、そしてジョアンヌさえもが、魔女狩りの対象のような差別的な視線を向けられている。
『ファイブ・デビルズ』©2021 F Comme Film - Trois Brigands Productions - Le Pacte - Wild Bunch International - Auvergne-Rhône- Alpes Cinéma - Division
タイムリープのための調合の儀式以外にも、本作の登場人物のとる行動は儀式性を帯びている。プールでエアロビクスを指導するジョアンヌのダンスを皮切りに、ジョアンヌとジュリアが布巾に包んだタコを激しく打ち付ける料理のシーン、同じく二人による頭のマッサージをするシーン、ヴィッキーを車で学校に送っていくシーン等が示唆しているのは、私たちの日常生活のルーティン自体が儀式に似ているということだろう。
そしてジョアンヌが日課としている寒中水泳のシーンは、儀式と呼ぶにもっとも相応しい。冬の冷たい水に20分以上浸かるという危険を承知の上で、ジョアンヌは湖で泳ぐことを自分に課している。何も感じなくなるギリギリまで体を痛めつける寒中水泳は、ジョアンヌにとって自傷行為に近い。ジョアンヌは、命をつなぎ止めるためのストップウォッチをヴィッキーに託す。ジョアンヌが湖を泳いでいる間、ヴィッキーが、そして時にはジュリアが彼女の命を握ることになる。そこにはサスペンスが生まれる。所在なさげな表情で日々を過ごしているジョアンヌの生きることへの熱量が、冷たい湖を介して逆説的な形で滲み上がってくるシーンだ。