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『グリーン・ナイト』琥珀色に包まれた胎児の冒険

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『グリーン・ナイト』琥珀色に包まれた胎児の冒険

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『グリーン・ナイト』あらすじ

アーサー王の甥であるサー・ガウェインは、まだ正式な騎士ではなく、人々に語られる英雄譚もない。ただ空虚で怠惰な日々を送っていた。クリスマスの日。アーサー王の宮殿では、円卓の騎士たちが集う宴が開かれていた。その最中、全身が草木に包まれたような異様な風貌の緑の騎士が現れ、恐ろしい首切りゲームを提案する。その挑発に乗ったガウェインは、彼の首を一振りで斬り落とす。しかし、緑の騎士は転がる首を堂々と自身で拾い上げると、「1年後のクリスマスに私を捜し出し、ひざまずいて、私からの一撃を受けるのだ」と言い残し、馬で走り去るのだった。それは、ガウェインにとって、呪いと厳しい試練の始まりだった。1年後、ガウェインは約束を果たすべく、未知なる世界へと旅立ってゆく。気が触れた盗賊、彷徨う巨人、言葉を話すキツネ…、生きている者、死んでいる者、そして人間ですらない者たちが次々に現れ、彼を緑の騎士のもとへと導いてゆく。


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無謀な勇気・幽体離脱



 「広間の遊びがはじまると、ガウェインは陽気そのものだった。しかし最後にふしあわせが待ち受けていることを思えば、このことに何の不思議もなかった。(中略)一年などあっというまに過ぎ去り、おなじ年はもう二度と戻ってはこないのだ」(『サー・ガウェインと緑の騎士』)


 娼館のベッドでぐっすり寝ているガウェイン(デヴ・パテル)に向けて、エセル(アリシア・ヴィキャンデル)がおもむろに水をかける。『グリーン・ナイト』は、エセルの無邪気な悪戯と微笑みで幕を開ける。エセルとガウェインは、洞窟のような娼館の中で追いかけっこをはじめる。狭い娼館を全力で駆けていく二人を交互に捉えたカメラの幸福感。そしてエセルに押し倒されるガウェイン。大事なクリスマスの日に慌てて家に戻ったガウェインは、母親モーガン(サリタ・チョウドリー)にたしなめられるような言葉をかけられる。この冒頭の二つのシーンは、本作におけるガウェインのキャラクターを的確に示している。ガウェインは女性に背中を押されることで初めて一歩を踏み出せる人物なのだ。エセルとモーガン、そして本作の女性たちは、ガウェイン以上に物語を導く役割を担っている。


『グリーン・ナイト』予告


 美しい自然光に包まれた円卓で、アーサー王(ショーン・ハリス)は甥のガウェインに物語を語って聞かせることを促す。宮殿の宴に集まるメンバーはそれぞれに伝説を持っているが、ガウェインには語るべき物語がない。語るべき物語のない息子のために、母親のモーガンは魔術を使って緑の騎士を宮殿に召喚する。扉の向こう側から悪魔のようなオーラを纏って登場する緑の騎士。緑の騎士は宴のメンバーに向け、自分に一撃を加えることを申し出る。ただし一年後に緑の礼拝堂で同じ一撃を受けることを条件に。ここぞとばかりにガウェインが名乗りをあげる。アーサー王から剣を受け取ったガウェインは、緑の騎士に促されるように彼の首を切り落とす。無謀な勇気。この瞬間、ガウェインの承認欲求は満たされたかもしれないが、宴の「お遊び事」は呪いのように彼を苦しめることになる。スリーピー・ホロウの伝説を想起させる「首なし騎士」となった緑の騎士は、自分の首を手に取り不気味な笑い声をあげながら去っていく。


 ガウェインと緑の騎士の出来事は人々の間で語り継がれるような伝説となり、町では人形劇も上演されている。緑の騎士に首を切り落とされるガウェインの最後が描かれた人形劇。一年後の約束を待たずに、ガウェインは伝説の中の主人公にされ、一人歩きしてしまった伝説から取り残された状態を生きている。伝説を全うしようとする自分と伝説に値しない自分の間で引き裂かれるガウェイン。乖離するイメージ。ガウェインは、いわば物語という幹から幽体離脱していく。


 アーサー王の衰弱と共に王国も衰退していく。『グリーン・ナイト』は、ガウェインによる路頭に迷った冒険を介して、騎士道精神の美徳とされているものに問いを投げかけている。騎士のイメージ、男性らしさの衰退、剥奪。その意味で本作は、A24時代にふさわしい新たなファンタジー映画といえる。エセルはガウェインに忠告する。「愚かな男は滅びる」。





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