2022.12.02
ヒッチコック映画のニュー・ヒロイン
『ファミリー・プロット』で特筆すべきなのは、キュートすぎるインチキ霊媒師ブランチだろう。
これまでヒッチコック映画のヒロインは、美貌と品格を備えたクール・ブロンドが務めてきた。『レベッカ』、『断崖』(41)のジョーン・フォンテイン、『白い恐怖』(45)、『汚名』(46)、『山羊座のもとに』(49)のイングリッド・バーグマン、『ダイヤルMを廻せ!』(54)、『裏窓』(54)、『泥棒成金』(55)のグレース・ケリー、『鳥』、『マーニー』(64)のティッピ・ヘドレン。フランソワ・トリュフォーの言葉を借りるなら、「内面に炎のように燃える情熱や欲情を秘めながらも、表面はひややかに慎ましやかに装っているというパラドックス」(※2)が、アルフレッド・ヒッチコックが求める女性像だったのである。
だがブランチは、明らかに“ヒッチコック映画ヒロイン”の系譜から大きく外れている。太陽のような明るさ、弾けるような生命力。思ったことはすぐ口にするタイプで、彼氏にはワガママ言い放題。ゴールディ・ホーンやライザ・ミネリも候補に挙がっていたというこの役を、バーバラ・ハリスがとてつもなくチャーミングに演じている。彼女の存在が、本作を底抜けに明るい作品に仕立てているのだ。
『ファミリー・プロット』(c)Photofest / Getty Images
むしろクール・ブロンドの系譜は、宝石商アダムソン(ウィリアム・ディヴェイン)と共に身代金誘拐を繰り返すフラン(カレン・ブラック)が受け継いでいる。黒い帽子と黒いドレス、黒いサングラスにブロンドのウィッグ。明らかにブライアン・デ・パルマ監督の『殺しのドレス』(80)に影響を与えた、“悪女”としてのクール・ブロンド。かつてのヒッチコック映画ヒロインを悪役に配置することで、ニュー・ヒロインのバーバラ・ハリスが活き活きと躍動しているのだ。
ちなみにブルース・ダーンが演じたジョージ役には、当初アル・パチーノが考えられていた。なぜ自分が起用されたのかを尋ねると、ヒッチコックは「だってパチーノは100万ドル欲しがっていたからね」と答えたという。『ゴッドファーザー』(72)の成功で、ギャラが高騰していたのだ。彼がマイケル・コルレオーネ役にキャスティングされていなかったなら、ヒッチコック映画に出演していたかも…。映画ファンなら思わず、そんな別の世界線を想像せずにはいられない。