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『ファミリー・プロット』ヒッチコックからの最後のウインク

(c)Photofest / Getty Images

『ファミリー・プロット』ヒッチコックからの最後のウインク

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第四の壁を破った、最後のウインク



 筆者がこの映画で最も好きなシーンは、ブランチが観客に向けてウインクするラストショットである。何とも茶目っ気たっぷりで、徹頭徹尾ゴキゲンな本作にふさわしい幕引きだ。このシーンを巡って、ヒッチコックと脚本家アーネスト・リーマンの間では意見が衝突していたという。だがヒッチコックは、恋人のジョージすらも本当の霊媒師だと信じ込ませたブランチの高らかな勝利を、このウインクで示したかった。


 このウインクには、もうひとつ留意すべきことがある。いわゆる“第四の壁”を破っていることだ。舞台でいうところの上手(左)、下手(右)、舞台奥に対して、観客側の舞台面は、虚構空間が虚構として存在しうるための“実在しない壁”が存在する。その壁を突破してしまうと現実空間に侵食してしまい、虚構が保てなくなってしまうからだ。


 もちろん、あえてその手法を実践する作品も数多く存在する。ゴダールの『勝手にしやがれ』(60)では登場人物がカメラに向かって語りかけていたし、アメコミの世界でも『デッドプール』(16)ではスクリーンに向かってガンガン喋りまくっていた。だがおそらくヒッチコック自身は、映画をメタ的に解体しようなんて気はサラサラなかったに違いない。それは「ブランチが超能力なしで宝石を発見した」という事実を観客に伝えるために、最も有効な表現だったにすぎない。


 だが同時にヒッチコックは、映画作家として自分に残された時間が少ないことも重々承知していただろう。彼は『ファミリー・プロット』を手掛けたあと、ロナルド・カークブライドのスパイ小説「みじかい夜」の映画化に取り掛かったが、プロジェクトを完成に導くだけの体力が残されておらず、腎不全のため80歳でこの世を去った。ブランチのウインクは、メタ映画的な“脱構築”ではなく、観客に対する素直な謝辞だったのではないか。サスペンスの神様から我々映画ファンへの最後のウインク。筆者はそう受け止めている。


※1 https://www.imdb.com/title/tt0074512/trivia/?ref_=tt_trv_trv

※2 『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー』晶文社



文:竹島ルイ

ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。



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