本気のB級映画
『裏窓』と『めまい』で主役を務めたのは、ジェームズ・スチュワート。『スミス都へ行く』(39)、『素晴らしき哉、人生!』(46)、『リバティ・バランスを射った男』(62)などオールタイム級の名作に数多く主演し、『フィラデルフィア物語』(40)ではアカデミー主演男優賞を受賞。誠実なキャラクターで知られる彼は、“アメリカの良心”とも呼ばれている。間違いなく彼は、アメリカを代表するスター俳優だ。
一方、その『裏窓』と『めまい』をミックスして創り上げられた『ボディ・ダブル』の主演を務めるのは、クレイグ・ワッソン。ごめん、知らん。アーサー・ペン監督の『フォー・フレンズ/4つの青春』(81)でゴールデン・グローブ賞にノミネートされた実績はあるものの(あと『エルム街の悪夢3 惨劇の館』(87)にも出てます)、正直知名度は低いし、華やかなスター性も皆無。正直申し上げて、存在感が希薄な地味俳優だ。だが彼が起用された理由は、おそらくその“非スター性”にある。
著名な映画評論家ロジャー・イーバートは、「主人公は欠陥があり、弱く、恐ろしい危険にさらされているが、我々は彼に完全に共感できる」と論じている。ヒーローとは程遠い、降りかかる災難にただオロオロするだけの非力な主人公。『フューリー』(78)のカーク・ダグラス、『ミッドナイトクロス』(81)のジョン・トラボルタ、『スカーフェイス』のアル・パチーノといったメンツでは、一流スターのオーラがダダ漏れだ。デ・パルマが求めたのは、あくまでB級映画にふさわしい主人公像。それに最もマッチする役者こそ、クレイグ・ワッソンだったのだ。
『ボディ・ダブル』(c)Photofest / Getty Images
B級映画へのこだわりは、女優のキャスティングにも及んだ。メラニー・グリフィスが演じたポルノ女優のホリー・ボディ役には、当初ホンモノのポルノ女優アネット・ヘヴンが候補に挙がっていたのである。結局、コロンビア・ピクチャーズのお偉方が却下したことで、このサプライズ・キャスティングは幻になってしまった。
演出にもB級テイストが濃厚。例えば、ジェイクがグロリア(デボラ・シェルトン)と情熱的なキスを交わすシーン。愛し合う二人を、カメラは360度グルグルと旋回する。もちろん、カメラが一回転してジェームズ・ステュアートとキム・ノヴァクのキスを捉えた『めまい』オマージュなのだが、コレはそもそもデ・パルマの十八番とも言うべきテクニックの一つ。『愛のメモリー』(76)のラストでマイケル(クリフ・ロバートソン)とサンドラ(ジュヌヴィエーヴ・ビュジョルド)が抱き合うシーンや、『スカーフェイス』の冒頭でトニー(アル・パチーノ)を警官が尋問するシーンにも、同様の演出が認められる。
出会って間もないのに突然発情スイッチが入ってしまう唐突さ、尋常じゃないくらいのスピードで回転するカメラ、そしてピノ・ドナッジオによる甘ったるいメロディー。全てが過剰、全てがチープ。だけどそこには、映画というアートフォームにだけ許された映像的快感が溢れている。