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『小さき麦の花』麦穂色の絵巻物、名もなきロバと歩む歌

©2022 Qizi Films Limited, Beijing J.Q. Spring Pictures Company Limited. All Rights Reserved.

『小さき麦の花』麦穂色の絵巻物、名もなきロバと歩む歌

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楽園の幻影



 『小さき麦の花』の田園風景、過疎地域における廃墟のような住居のルックは、初期のチャン・イーモウの傑作群の風景を思い起こさせる。本作の舞台となった甘粛省は、チャン・イーモウが俳優として主演を務めたウー・ティエンミン監督の『古井戸』(87)の風景と似ている。『古井戸』が肉体労働者による筋肉の動きを克明にカメラに捉えていたように、リー・ルイジュンの故郷を舞台にする『小さき麦の花』には、農作業をするヨウティエの身体の動きを至近距離で捉えるショットがある。ヨウティエ役には監督の叔父であり職業俳優ではないウー・レンリンがキャスティングされている。本作においてヨウティエの労働は「知恵」であり「歴史」だ。ヨウティエの身体には、この地域の農民たちが蓄積してきた記憶が宿っている。文明の進歩に頼らずとも自給自足で生活していけるだけの「知恵」がヨウティエの身体に刻まれている。


「この映画を撮って、私は映画監督も農民と同じだと思いました。(中略)農民は一生その運命を土地と時間に捧げます。我々も同じように、映画の運命を土地と時間に捧げます」(リー・ルイジュン)*



『小さき麦の花』©2022 Qizi Films Limited, Beijing J.Q. Spring Pictures Company Limited. All Rights Reserved.


 ヨウティエとクイインは手造りの新居を造り上げていく。粘土を型に入れる作業から始める気の遠くなるほど地道な新居造り。日干しレンガで建てられた住居は、砂漠の真ん中に建てられた二人の楽園になっていく。この住居は映画のセットのように、役割を終えた途端、簡単に取り壊すこともできてしまう。相当な労力で造られた楽園。建築物の骨組みが肉付けされていくプロセスの美しさ。その幻影のような儚さは映画に似ている。そしてどこまでもアナログの肉体労働にこだわるヨウティエの頑固さは、不屈の精神でもある。ある日すべてのツールが失われてしまったとしても、再びゼロから自給自足の生活をできるだけの蓄積された知恵と技術をヨウティエは持っている。


 身体が記憶する「知恵」という意味において、中国のビッグバジェット映画に出演している人気俳優ハイ・チンが、クイイン役を務めていることは興味深い。本作においてハイ・チンは演技の技術を捨てるところから出発し、逆に職業俳優ではないヨウティエ役のウー・レンリンは演技の技術を学ぶところから出発している。武器の解除と獲得。演技プランの方向が真逆をいく二人のコラボレーション。その緊張感は見事な成果をあげている。ノーメイクのクイイン。一年間この役に専念したというハイ・チン。生活の疲労を隠せないクイインの瞳の奥には、誰かに愛されていることの喜びが滲んでいる。




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