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『レディ・バード』に見る「等身大」の時代の寵児、グレタ・ガーウィグの新しさと魅力

『レディ・バード』に見る「等身大」の時代の寵児、グレタ・ガーウィグの新しさと魅力

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ボンクラな目線からリアルな女子の生態を描くこと



 この映画のリアリティの力は、いわゆる「中二病」的な、思春期という未分化で過渡期な時期――混沌とした人生の序章のスケッチにものすごく活きている。尖ったカルチャーに感化されて背伸びした自分と、どんくさい素の自分に引き裂かれている発展途上な感じ。


 例えば先述した母親との口論になる前は、カーステレオでスタインベックの名作小説『怒りの葡萄』の朗読テープを聴きながら母親と一緒に涙を流していた。またクリスティンは、少女の頃に流行っていたアラニス・モリセットデイヴ・マシューズ・バンドのヒット曲が今も大好きで、それをスカした男子からダサいと言われて傷ついたり。一方で自宅の部屋には ビキニ・キルスリーター・キニーといった ライオット・ガール(90年代に台頭したフェミニン・パンクのバンド)系のアイテムが飾られており、そこに思想的な萌芽が見て取れる。かといって「2002年が面白いのは数字の並びだけ」などと嘯き、前年の“9.11”を政治的なトピックとして捉えるほどの意識は育っていない。知識量も端的に足りておらず、「ジム・モリソンって誰?」と自分の兄貴にこっそり聞きに行ったり。




 こう書きながら、筆者自身が身に覚えのあることばかりでカラダがむず痒くなってしまった。きっと固有名詞さえ入れ替えれば、たくさんの人が「まるで自分の物語だ」と感じ入るに違いない。この「あるある」は性差も超える。例えばクリスティンが太めの親友とオナニーの話に興じたりするくだらない日常の光景。これって童貞映画のテンプレートではないか? と筆者は反射的に思ったのだが、実はそうではなく、過去の映画がそういったボンクラの目線から女子の生態をちゃんと描いたことがなかっただけなのだ。


 ジョン・ヒューズ製作の『 ブレックファスト・クラブ』(1985年/監督:ジョン・ヒューズ)や『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』(1986年/監督:ハワード・ドゥイッチ)などティーン映画の名作や、『 ゴーストワールド』(2001年/監督:テリー・ツワイゴフ)や『 JUNO/ジュノ』(2007年/監督:ジェイソン・ライトマン)といった自意識過剰なヒロインを描いた青春映画の傑作は数々あったが、『レディ・バード』はそれらの系譜をまとめてアップデートしてしまったように思う。本作は先述したようにグレタ・ガーウィグ自身の思春期体験がベースではあるのだが、私性に溺れるのではなく、「等身大」の典型像として冷静に対象化し、定番の枠組みを使って端正なフィクション化が目指されているのも素晴らしいところ。これぞ青春映画のニュー・スタンダードだ。そしてクリスティンは、やがて現在のグレタ・ガーウィグのような気骨ある素敵な女性に成長していくのだろう。



文: 森直人(もり・なおと)

映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「メンズノンノ」「キネマ旬報」「映画秘宝」「シネマトゥデイ」などで定期的に執筆中。



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『レディ・バード』

6月1日(金)より、TOHO シネマズ シャンテ他にて全国ロードショー

配給:東宝東和

©2017 InterActiveCorp Films, LLC.

Merie Wallace, courtesy of A24


※2018年5月記事掲載時の情報です。

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