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『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』“家族”という呪いを解く未曾有のマルチバース映画 ※注!ネタバレ含みます。

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『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』“家族”という呪いを解く未曾有のマルチバース映画 ※注!ネタバレ含みます。

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虚無感の象徴としてのベーグルとドラム式洗濯機



 ややこしい多次元宇宙論はさておき、ジョブ・トゥパキは、母親との断絶に疲れ果てたジョイが絶望から生み出した別人格だといえる。《すべてを載せたベーグル》はジョイの虚無感の象徴であり、見た目がそのまんま黒いベーグルなのは、ベーグルにはその形状から「ゼロ」や「無」といった意味合いがあるから。さらに黒いベーグルを想起させる黒い円のモチーフは、さまざまに形を変えて画面上に現れる。


 例えばエヴリンが営むランドリー店のドラム式洗濯機も、黒いベーグルのバリエーションだ。ベーグルの中心が空洞であるように、稼働中のドラム式洗濯機を覗いても、洗濯物は遠心力でドラムの外周で回っているので、真ん中にはなんにもない。映画の序盤で実家にやってきたジョイがふと洗濯機に目を向けると、洗濯物がぐるぐると回転している。この時のジョイの暗く沈んだ表情を見逃してはならない。底なしの虚無がジョイとエヴリンを飲み込むことを暗示しているのだ。



『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.


(※以下、本編のネタバレがあります)


 物語の中盤では、ジョイ=ジョブ・トゥパキの真の目的が明かされる。アルファ・ウェイモンド(別バースから来たウェイモンド)が警告したような「マルチバース全体を滅ぼすこと」ではない。自分を苛む虚無感を母のエヴリンと共有して、一緒に消滅しようというのだから、ほとんど無理心中である。しかしジョイの絶望よりもはるか以前に、エヴリンも同じ虚無を見つめていた描写がある。


 国税庁のエレベーターで、エヴリンはアルファ・ウェイモンドに脳内をスキャンされ、過去の記憶のフラッシュバックを見る。その中のひとコマで、若き日のエヴリンが、ランドリー店の床に座り込み、虚ろな表情で洗濯機の回るドラムを見つめているのである。店を開業したばかりで、まだ結婚生活に希望があった段階であるにも関わらず、エヴリンはすでに自分の人生のコントロールを失いつつあることを感じていたのかも知れない。


 親から子への負の継承は、本作に通底する主要テーマのひとつ。継承されたのは虚無感だけではない。エヴリンはアジア的な家父長主義に染まった父親のもとで、自分が跡継ぎ息子ではないことに負い目を感じながら育った。そして自分が母親になった今、実父と同じ家父長制的権力者となって、ジョイの人生を操ろうと強権的に振る舞っている。負の連鎖は繰り返され、ジョイもまた親の愛を満足に感じられない欠落感をこじらせていく。





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