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『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』“家族”という呪いを解く未曾有のマルチバース映画 ※注!ネタバレ含みます。
2023.03.23
オモチャの“目玉”が世界を救済する?
一方で、負の象徴であるベーグルの対極の存在として登場するのが、“グーグリーアイ(動眼)”と呼ばれる目玉のオモチャ。起源をたどると、日本のスズセイ綜合株式会社が1940年代に人形の目玉用に開発したものらしいが、この原稿とはあまり関係がない。
劇中に登場するのは透明の薄いドーム型で、中に黒い目玉が入っている。裏がシール状になっていて、ウェイモンドが洗濯物の包みや家のあちこちに貼って回っている。ウェイモンドには軽いおふざけ以上の意図があり、いつも気が張り詰めているエヴリンをリラックスさせたい一心なのだが、結果的にエヴリンのイライラを募らせる役割しか果たしていない。
グーグリーアイもベーグルも同じ円形だが、黒いベーグルとは対照的に外周が白く、中心が黒い。見つめてもなんにもないベーグルとは違って、グーグリーアイには中心に実体があり、なんならこちらを見つめ返してくれるのだ。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
本作では、エヴリンもジョイもウェイモンドも、まるで自分がゴミであるか、ゴミ扱いされているように感じながら暮らしている。それぞれの立場や想いは違っても、本質的に不幸であることは変わらない。エヴリンには選択を誤って人生を浪費したという嘆きがあり、ジョイは母親が本当の自分を見ようとしないことに絶望し、ウェイモンドには妻エヴリンから見下されている自覚がある。
しかしウェイモンドは、どれだけエヴリンから粗略に扱われても、エヴリンを見守ることをやめない。彼の本質は“見つめる人”であり、それはジョイに対しても変わらない。ウェイモンドが、ジョイのタトゥーの図柄(ブタ)と同じブタのチャームをウエストバッグに付けているのも、娘に寄り添う気持ちを伝えたいからではないか。それがあまりにも小さなアピールであったとしても。
ちなみに劇中に、エヴリンがジョイのタトゥーが「家族を表している」と言及するセリフがある。ブタを家庭の象徴とする概念は「家」の漢字に由来している。「家」は「うかんむり」(屋根)と「豕」(ブタ)で構成されているからで、ジョイは自分の家族は屋根がなくて安心できないブタであると揶揄しているのだ。すぐに「あなた、太った?」と言いたがる母親を持つジョイにしてみれば、かなり辛辣な自虐だといえる。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
本作が、数あるファミリー物の中でも特徴的なのは、実質的に毒親、毒妻と化しているエヴリンを主人公に据えたことだろう。極論すれば、この物語の悪役はジョブ・トゥパキじゃない。エヴリンこそが(そしてさらにその上の毒親であるゴンゴンも)若い世代に倒されるべき悪役なのだ。未熟だった子供が支配的な親と向き合い、乗り越えるのがファミリードラマの定番パターンだとすれば、本作はその図式をあえて逆さにしているのである。
最終的には、ウェイモンドの優しさや親切心が、エヴリンを虚無から救い出すきっかけになる。しかしウェイモンドが、虚無感や絶望を抱えていなかったわけではないことは、離婚届を用意していたことからも明らかだ(ただし本音では離婚を持ち出すことで夫婦関係について話し合いたがっているのだが)。エヴリンが映画スターとして成功する別バースのウェイモンドも、一度は別れたエヴリンと再会するが、お互いを傷つけ合うことを恐れて再び別れを選ぼうとする。ウェイモンドの心もまた傷だらけなのだ。
人は近しい大切な人を、知らず知らずのうちに傷つけながら生きている。本作がSFアクション・コメディの衣を被りつつも、日常生活における人間関係の辛さや残酷さから目をそらしていないことは、大きく支持された要因のひとつではないだろうか。