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『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』“家族”という呪いを解く未曾有のマルチバース映画 ※注!ネタバレ含みます。

© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』“家族”という呪いを解く未曾有のマルチバース映画 ※注!ネタバレ含みます。

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夫婦の記憶から生まれたクッキーのスマイル



 ウェイモンドが闇を澱みのように溜めながらも、愚直なまでに善良であり続けているのは奇跡に近いが、その人柄は国税庁の監査人ディアドラ(ジェイミー・リー・カーティス)に贈るクッキーにも表れている。お役人気質で堅物のディアドラでさえ、ウェイモンドが持ってくるクッキーだけは「これは美味しいから」と躊躇なく受け取る特別なものだ。


 役人にお土産を渡すなんて贈収賄になるのではないか?という疑問は脇に置くとして、このクッキーはアメリカで「チャイニーズ・アーモンド・クッキー」と呼ばれている定番のお菓子で、日本でも中華街などで簡単に見つけることができる。店によって味が見た目以上に違っており、筆者は重慶飯店の味が好みだ。ただしウェイモンドが用意しているのは、店で買ってきた出来合いのものではない。劇中にほんの一瞬だが、天板の上の焼き上がったクッキーが映っており、国税庁に持参する際にはボウル型のタッパーに入れている。つまりあのクッキーはウェイモンドが焼いたお手製なのである。



『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.


 広く普及しているアーモンド・クッキーはアーモンドをひと粒だけ乗せるのが定番のレシピ。ところがウェイモンドは、アーモンドをふた粒乗せた上に、口を描いてニコニコマークにしている。グーグリーアイと同じく、日常にひとつでも楽しさや笑顔を増やそうとするウェイモンドの性質から生まれたアレンジレシピなのだろう。


 実はこのクッキーのスマイルにも、由来と思われるものが明示されている。前述したエヴリンの人生のフラッシュバックに、子供時代のエヴリンとウェイモンドが小学校の教室にいる場面がある。エヴリンはノートに笑顔の男の子を落書きしていて、好意の証拠にハートマークまで描き足している。それを見たウェイモンドは「その絵、いいね」と声をかける。エヴリンが描いていたのは、ウェイモンドの似顔絵だと考えて間違いないのではないか。


 つまりウェイモンドが作るクッキーは(無意識か自覚的かはさておき)エヴリンに笑いかけるウェイモンドその人を模しているのだ。情けない夫、頼りない父親だったウェイモンドが、底抜けの優しさと楽観主義でエヴリンやディアドラの心を溶かしたことを考えると、あのクッキーはベーグルやグーグリーアイと並ぶ非常に重要な小道具なのだ。



『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.


 しかし、このささやかな家族の和解の物語に、マルチバースの存亡という大風呂敷は本当に必要だったのか? 筆者の私見を述べるなら、絶対に必要だった、と答えたい。ともすれば、こじれた家族の関係は、ささいなすれ違いや、世代間や文化間の価値観の断絶とももつれ合って、年月を経ることでさらに厄介度を増していく。お互いを選ぶことができない親子同士であればなおさら傷は深く、当事者のトラウマは簡単に癒えるものではない。


 エヴリンたちの気持ちがひとつになって丸く収まるエンディングが、ご都合主義的な家族信仰だとする指摘は、決して間違っていないだろう。しかしダニエルズの真意は、どこにでもありそうな家族の問題を、あえて宇宙全体の未曾有の危機と同じスケールで対比させることなのではないか。これは“家族や自分自身と向き合う”という大事業のメタファーとして最高のチョイスに感じられるし、孤独と心の痛みを描く(そして実際に描き続けている)映画作家としてのダニエルズを信頼していい理由に思えるのだ。



取材・文:村山章

1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。



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『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

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配給:ギャガ

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