隠蔽されたマイケル・ジョーダンの顔
『アルゴ』のクライマックスは、サスペンスの乱れ打ちだった。空港のカウンターで照合が取れなかったり、搭乗口で呼び止められて尋問を受けたり、飛行機まで乗客を運ぶランプバスのエンジンがかからなかったり、軍隊が旅客機を追いかけたり。ベン・アフレックはあの手この手で、スリリングなシチュエーションを起動させる。
『AIR/エア』もまた同様。ナイキ本社にやってくるジョーダン一家、それを出迎えるソニー。よせばいいのに上司のロブ・ストラッサー(ジェイソン・ベイトマン)が下手なジョークをカマしてしまい、白けた空気に。そこに名ネゴシエイターのハワード・ホワイト(クリス・タッカー)がやってきて、何とか場を持ち直す。さっそくマイケル・ジョーダンを説得するためのビデオを流すが、どうやらさっぱり彼には刺さっていない様子。そこでソニーは一計を案じ…と、次々と訪れるクライシスを機転を利かせて切り抜けていく。
『AIR/エア』©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
さらにベン・アフレックは、このシーンで大胆な冒険を行なっている。横を向かせたり、バックショットから捉えたり、遮断物を入れたりして、マイケル・ジョーダンの顔をいっさい見せないという選択をしているのだ。
「ジョーダンは偉大すぎる。もしあなたが彼を具体化して、“そうだ、あれがマイケル・ジョーダンだ”と言ったとしても、私たちはそれが本当は違うことを知っている。偽者なんだよ」(*1)
確かに知名度のある役者を使ってしまうと、観客は偽者のマイケル・ジョーダンを受け入れる心の準備が必要となるだろう。しかも、観客の注意が偽マイケルに向けられることで、これまで築き上げてきたサスペンスが一気に瓦解してしまう。逆に彼の顔をいっさい映さないのであれば、観客はソニーたちの表情・反応から状況を推測するしかない。ナイキ・チームのリアクションを見て、隠蔽されたマイケル・ジョーダンのアクションに想像力を働かせるだろう。だからこそ没入感が増し、サスペンスがより際立つ。おそらく、ベン・アフレックはそこまで計算を働かせていたのではないか。
『AIR/エア』がアツいのは、孤立無援だったソニーの熱意に周囲がほだされ、次第にワン・チームになっていく友情ドラマにもなっていることだ。お互いがお互いの役割を理解して、最高のプレゼンにするために準備を進めていく。
言うなれば本作は、激アツお仕事ドラマ(サスペンス風味)とでも形容すべき作品なのである。