2023.04.19
終盤の展開、アフリカの描き方には賛否も
『シェルタリング・スカイ』の原作は、1949年に出版されたポール・ボウルズの小説。日本では「極地の空」というタイトルで翻訳が出た。もともと作曲家として活躍していたボウルズは、ニューヨークからモロッコのタンジールに移住。そこに作家で劇作家の妻ジューンもやって来た。『シェルタリング・スカイ』は自身の妻との関係を投影した、半自伝的小説とも言われている。映画版でもポートの職業が作曲家で、キットが劇作家だと語られる。結婚前に男性の恋人もいたというボウルズを意識したかのように、ポート役のジョン・マルコヴィッチの所作にはどこかゲイっぽさを感じさせる瞬間もある。
そしてこの映画版ではボウルズ自身がナレーションを担当。さらにボウルズは映画の序盤と終盤、タンジールのバー、および別のレストランのシーンで、カメオ出演までしている。ところがボウルズは完成した映画に満足しなかったようで、後に作られたドキュメンタリー『ポール・ボウルズの告白 シェルタリング・スカイを書いた男』(98)で、「映画化されるべきではなかった。あの結末はバカげている。それ以外もかなり残念」と辛辣な感想を述べている。
『シェルタリング・スカイ』(c)Photofest / Getty Images
また、これは作品自体とは無関係だが、メインキャストの一人、ジル・ベネットが、映画公開直前の1990年10月に自殺。『007ユア・アイズ・オンリー』(81)で、悪役クリスタルが寵愛するフィギュアスケーター、ビビ(実際にフィギュア選手だったリン=ホリー・ジョンソンが演じた)のコーチ役などで知られるベネット。『トム・ジョーンズの華麗な冒険』(63)でアカデミー賞脚色賞を受賞した劇作家ジョン・オズボーンの4人目の妻で、波乱の結婚生活とその後の離婚劇で精神的に追い詰められていたという。
そのベネットが演じたのは、ポートらがモロッコで出会うガイドブック作家エリックの母。何かと辛辣な物言いをする女性で、その言動はアラブ社会やアフリカへの差別意識で満ちている。またポートとキットも「金さえ出せば何でもやってくれるだろう」という傲慢な行動をとったりと、『シェルタリング・スカイ』の作品全体には、どこか白人優位主義が漂っているのも事実だ。もちろん時代背景も反映されているのだろうが、監督のベルトルッチの描き方にも、アフリカの人々や文化に対する“上から目線”が感じられなくもない。特に原作から大きく改変された終盤は、登場人物の心情が不明確なうえに、アフリカの描写の強引さも相まって、賛否が大きく分かれるところだ。
実際に1991年の日本での公開時にも、白人本位のあまり、異文化へのリスペクトが欠けている部分がレビューで指摘されていたりもした。1962年の『アラビアのロレンス』でも、描き方としての白人優位主義がその後、非難を浴びることになったが、同作から30年近くを経ての『シェルタリング・スカイ』にもその名残りは感じられる。さらに30年以上が過ぎ、グローバル化が進んだ現在(2023年)、たとえば差別や偏見が根強かった状況を映画で描くにしても、リスペクトや配慮、デリカシーは必要となっており、『シェルタリング・スカイ』のようなアフリカ文化の表現は難しくなっている。そのような時代の流れを、改めて噛みしめてみるのもいいかもしれない。
文:斉藤博昭
1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。
(c)Photofest / Getty Images