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『オープニング・ナイト』“老い”という実存的恐怖からの解放

(c)1977 Faces Distribution Corporation

『オープニング・ナイト』“老い”という実存的恐怖からの解放

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隠蔽された顔



 新作舞台「2番目の女」に取り組んでいた舞台女優マートル(ジーナ・ローランズ)は、ある日熱狂的ファンの若い女性ナンシー(ローラ・ジョンソン)が事故死する現場に遭遇してしまう。心を痛めたマートルは葬儀に参列するが、家族の対応は冷淡なものだった。やがて彼女はナンシーの幻影を見るようになり、心のバランスを失っていく。勝手にセリフを変えたり、小道具を投げつけたり、観客に向かって喋り出したり、台本から逸脱した行為を繰り返すようになる…。


 カサヴェテスはいつものように、マートルを演じるジーナ・ローランズの、演出家マニーを演じるベン・ギャザラの、劇作家サラを演じるジョーン・ブロンデルの、そして俳優モーリス役を演じる自分自身の顔を、クローズアップで映し出す。その瞳に、唇に、心の奥底で渦巻く葛藤が透けて見える。


 面白いのは、それと対比させるように、序盤の事故シーンではナンシーの顔を徹底的に隠蔽していることだ。目深に被った帽子、激しく打ち付ける雨、車の窓ガラスが、彼女の容貌を隠し続ける。マートルに心酔していることはセリフや行動からうかがい知れるのだが、我々観客はその内面にアクセスすることができない。カサヴェテス的作劇術において、彼女は“異物”として扱われる。



『オープニング・ナイト』(c)1977 Faces Distribution Corporation


 ナンシーがその美しい容姿を初めてさらけ出すのは、マートルの楽屋。思ったような芝居ができず、彼女は打ちひしがれている。そして突然奇妙なカットがインサートされる…ふさぎ込んだ様子のマートルの輪郭がぼやけて、二重にずれているのだ。カットが切り替わるとなぜかピントは合っていて、幻影のナンシーと指を絡めあい、笑顔を交わす。


 『オープニング・ナイト』は、この世を去ったナンシーを幻視することで、マートルが狂気に囚われていく物語なのだろうか?ロマン・ポランスキー監督の『反撥』(65)や、ダーレン・アロノフスキー監督の『ブラック・スワン』(10)と同趣の、ニューロティック・ホラーなのだろうか?もちろん、その側面はあるだろう。だがおそらく幻影として現れたナンシーは、事故でこの世を去った彼女ではない。輪郭が二重になった瞬間に生まれ落ちた、ティーンエイジャーのマートル自身である。


 「少年たち。男たち。年上の男。若い子。決まって誘われたわ」


 同じブロンド、同じ黒いブラウスに身を包んだナンシーが語るセリフは、かつてのマートルの身の上話だろう。死んだ女性の姿を召喚させ、17歳の自分自身と重ね合せることで、若さと老いというテーマが浮き彫りになっていく。





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