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『逃走迷路』映画を貫く、自由と民主主義の精神 ※注!ネタバレ含みます

(c)Photofest / Getty Images

『逃走迷路』映画を貫く、自由と民主主義の精神 ※注!ネタバレ含みます

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独裁主義と民主主義の戦い



 当初ヒッチコックは、主人公のバリー役にゲイリー・クーパーの起用を考えていた。だが、ハリウッド黄金期を代表するこのビック・スターは、スリラー映画の企画に全く興味を示さなかったという。結局この役は、ユニバーサルと新しい契約を結んでいたロバート・カミングスにお鉢が回ることになる。


「ロバート・カミングスは、とても才能豊かないい俳優だったが、どちらかといえば軽いコメディにふさわしいイメージでね、スタアとしての重量感がなかった。愉快な顔つきをしているので、絶望的な状況におちいったときも、深刻にあがいている感じがでないんだよ」(*)


 と語っているとおり、ヒッチコックは決してロバート・カミングスを手放しで評価している訳ではない。だが、いい意味で一本気というか、感情をストレートに表現するタイプのロバート・カミングスだからこそ、本作は『バルカン超特急』(38)に見られるような<ちょっと捻れたイギリス式ユーモア感覚>を感じさせない、<直球ど真ん中な活劇映画>として成立している。


 筆者がこの作品でもう一つ興味深く感じることは、諧謔精神に富んだ皮肉屋のヒッチコックにしては珍しく、民主主義へのアツいステートメントがインサートされていることだ。サットン夫人の慈善パーティで、敵に囚われたバリーはこんな演説をぶつ。


「あなたの求める権力は僕の友人の命を奪った。大勢の人々を殺し、気にもかけない。あなたは人間を憎んでいるのだ。この数日、僕は大勢の人に会い多くを学ばされた。思いやりがあって、正義感にあふれた人もたくさんいた。この世には愛と憎しみが渦巻いている。だが僕の味方は大勢いる。決して弱くはない。悪に対し十分に戦える力がある。我々正義の人は必ず勝つ。覚えておくんだな」



『逃走迷路』(c)Photofest / Getty Images


 ここで言う「思いやりがあって、正義感にあふれた人」とは、気のいいトラック運転手であり、盲目の紳士であり、彼らを匿ってくれたサーカス団員である。決して恵まれた境遇とはいえない、社会の底辺で佇む人々だ。


 一方、国家の転覆を目指し、独裁主義へ舵を切ろうとしている破壊活動家の正体は、大牧場主のトビンであり、資産家のサットン夫人。世間からは名士として知られている者たちだ。民主主義とは一部のブルジョワによって支配されているのではなく、名もなき人々の正義感によって支えられているのだと、バリーは熱弁する。情熱派のロバート・カミングスが演じたからこそ、このシーンはひときわ感動的に映る。


 この映画が公開されたのは、1942年4月22日。アメリカは、1939年に勃発した第二次世界大戦に中立の立場を保っていたが、日本軍による真珠湾攻撃を契機として、1941年12月に参戦したばかりだった。ファシズム=独裁主義と、民主主義との戦い。時代背景からしても、自由を尊ぶ精神が『逃走迷路』には息づいている。


 だがヒッチコックが描きたかったのは、生々しい政治のリアルではない。より象徴的で、より根源的なものだ。もともと脚本では悪役はドイツ人として設定されていたが、彼はあえてその明確な描写を避けている。だからこそ、純度100%にまで濾過された“正義”が、真っ直ぐに刻印されているのだ。



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