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『見知らぬ乗客』ドッペルゲンガーが招き寄せる悪夢

(c)Photofest / Getty Images

『見知らぬ乗客』ドッペルゲンガーが招き寄せる悪夢

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『見知らぬ乗客』あらすじ

テニス選手のガイは、列車の中で見知らぬ男に声をかけられる。その男はブルーノといって、ガイが浮気を繰り返す妻のミリアムと別れたがっていること、さらに、上院議員の娘アンと再婚したがっていることも知っていた。そしてブルーノはガイの妻と、口うるさい自分の父の交換殺人を持ちかける。ガイはブルーノの冗談だと思って、取り合わなかった。しかし、ブルーノは勝手に妻のミリアムを殺してしまう。ガイは列車内でブルーノにライターをくすねられ、“物証”として握られてしまっていた。しかもアリバイも怪しげだ。やがてガイは警察に不信の目で見られてしまう…。


Index


もう一人の自分と対峙する恐怖



 ドッペルゲンガーとは、Doppel(二重)とGänger(歩行者)を組み合わせたドイツ語で、自分と瓜二つの他人や幻覚を指す。民間伝承などでは、ドッペルゲンガーに出くわすと災いに巻き込まれるとされ、古くから不吉の象徴とされてきた。


 『NOPE/ノープ』(22)で知られる映画監督ジョーダン・ピールは、子供の頃からドッペルゲンガーに怯えていたという。もう一人の自分と対峙する恐怖。それは己のアイデンティティーが揺り動かされる、強烈なナイトメアなのかもしれない。同じ姿かたちをした4人家族が自分たちを殺しにやってくる『アス』(19)は、そんな彼の潜在的恐怖が結実した作品と言える。


 ジョーダン・ピールに霊感を与えたのは、アルフレッド・ヒッチコック監督の名作『めまい』(58)だった。この映画には、キム・ノヴァクが一人二役を演じるマデリンとジュディという女性が登場する。双生児のように同じ顔をした、二人の女性。『めまい』とは、ある男がかつて愛した女のドッペルゲンガーを追いかける、ストレンジなラブストーリーなのである。



『見知らぬ乗客』(c)Photofest / Getty Images


 筆者は、ヒッチコック映画でもう一つ忘れてはならない“ドッペルゲンガー映画”があると思っている。パトリシア・ハイスミスの同名小説を原作とした、『見知らぬ乗客』(51)だ。この映画には、ガイ(ファーリー・グレンジャー)とブルーノ(ロバート・ウォーカー)という二人の男が登場する。二人は列車で偶然出会い、しばし語らったあと、ブルーノが恐るべき提案をする。互いに相手の殺人を請け負う、<交換殺人>を。


 ガイとブルーノの容姿は、似ても似つかない。むしろ正反対のキャラクターとさえ言える。だが筆者には、ある男=GUY(ガイ)から分裂したもう一人の自分が、ブルーノのように思える。妻をこの世から消し去って上院議員の娘と結ばれたいという、ガイに宿るbrute(残酷な、凶暴な)な悪魔的心性が、BRUNO(ブルーノ)という実体を持って現れたのだ。映画の冒頭で、一つの線路が分岐器で二股に分かれるシーンがある。もちろんこれは、人生の岐路をシンボリックに表象したものだ。だが同時に、ドッペルゲンガーが生まれた瞬間を捉えたものではないだろうか。


 テニスの試合会場で、ボールを追いかけて頭を左右に振る観客のなか、一人だけじっとガイを見つめるブルーノの姿。ガイは不安げな表情を見せ、視線を背ける。それは、子供の頃にジョーダン・ピールがドッペルゲンガーの影に怯えていたように、もう一人の自分が自分自身を見つめることへの強烈な恐怖なのである。





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