2本の『ハスラー』で描かれた女性像
マーティン・スコセッシの映画は男の世界を描いたものが多く、女性は脇役的になってしまうことが多いが、よく見ると、実は女性が重要な役割を背負っている。『ハスラー2』にしてもポール・ニューマンとトム・クルーズが軸の映画ではあるけれど、ヴィンセントの恋人、カルメン役を演じるメアリー・エリザベス・マストラントニオの好演も見逃せない。彼女はこの映画でアカデミー賞の助演女優賞候補となっている。
もともと前作の『ハスラー』からして男の映画でありながら、女性が大きな役割を背負っていた。後に『キャリー』(76)の狂信的な母親役でも評価されるパイパー・ローリーが、エディの恋人役のサラを演じていたが、60年代前半という時代を考えると、かなり画期的な女性像になっている。一見、まともな人物に見えるが、実は酒浸りで、どこか破滅的な人物像として登場する。一方、週に2回大学に通っていて、知的な感性もあり、エディとの物語を小説にしようと考えている。世の中をさめた目で見ていて、物事の本質を見抜く力を持つ彼女は、プロモーター、バートのせいでダーティな世界におちていくエディを悲しそうな眼差しで見つめる。そして、そんな彼女を狡猾なバートは追いつめ、悲劇的な最後が訪れる。
まだ、フェミニズム運動などは本格化していない時代に作られた作品であったが、サラには自分をしっかり持った女性の鋭い視点があり、そんな彼女がやがてはエディの内面に変化をもたらす。「サラはこれまでナタリー・ウッドなどが演じてきたハリウッドの“善良な女性(グッドガール)とはまったく違う人物像だった」と、前述の本“Rebel:The Rebel Hero in Films”でも書かれている。そんな新しい女性像が評価され、ローリーはこの年のアカデミー主演女優賞にもノミネートされている。
『ハスラー2』(c)Photofest / Getty Images
サラほど強烈なインパクトはないものの、『ハスラー2』のカルメンには別の魅力がある。どこか腹をくくった、ドンとした存在感をもっていて、出てくるだけで目をひく。当時のマストラントニオは『スカーフェイス』(83)でアル・パチーノの妹役を演じて注目されたイタリア系の新進女優で、舞台でも活動していた彼女には安定した演技力があった。
『ハスラー2』で彼女が演じたカルメンにはセクシーで挑発的な魅力があるが、一方、人に媚びない凛としたところがあり、直感も鋭い。エディも、そんな彼女のことを買っていて、未知数のサラブレッドのヴィンセントを一緒に育てる共犯者と考えている。舞台はハスラーたちのいる男の世界だが、彼女はそんな場所をしたたかな目で見ている(だから『ハスラー』のサラのように犠牲者になることもない)。前作よりタフな女性像になっている点に時代の変化も感じる。
スコセッシ映画の女性たちは、男が中心にいる世界をちょっとナナメから見ていることが多い。『レイジング・ブル』や『カジノ』(95)に登場した主人公の妻、『アイリッシュマン』(19)の主人公の娘などは、ヤクザな男たちをちょっと離れたところから見ていて、その視点が映画の人物像に広がりを生んでいた。『ハスラー2』のカルメンもそうした人物のひとりだろう。彼女の名前はオペラの名作「カルメン」のヒロインと同じ綴り。劇中では、フランチェスコ・ロージ監督の映画『 カルメン』(84)のポスターが、カルメンのいる部屋に貼られている。カルメン像を意識したのだろうか? 激しい性格で、男を破滅させたかつてのカルメン。現代のカルメンはもっとスマートで、したたかだ。そんな女性像もこの映画の魅力のひとつとなっている。