デモーニッシュな父親
ジャック・ニコルソンが演じるフランクは、仮の父親と言うにはあまりにもデモーニッシュな存在だ。まるで『シャイニング』(80)のジャック・トランス役のように、もしくは『バットマン』(89)のジョーカー役のように、彼は狂気に蝕まれている。
「私たちはある時点で、この男の危険性と権力、そして徐々に崩壊していく姿に焦点を当てることに決めた。彼は強大な力を持っていたのに、崩壊し、正気を失いつつある。私たちはその危うさが気に入った」(*1)
とスコセッシは語る。脚本家のウィリアム・モナハンは、フランク・コステロというキャラクターを具体的に膨らませるため、実在したギャングのジェームズ・“ホワイティ”・バルジャーをモデルにすることを思いついた。彼は、ウィンターヒル・ギャングという組織犯罪を率いていたアイルランド系アメリカ人。密告されて16年間の逃亡生活を続けていたが、2011年に逮捕され、裁判ではFBIへの情報提供者だったことが明るみとなった(本人はそれを否定している)。ギャングでありながら、保身のために仲間をFBIに売り渡していた“ネズミ”だったのである。
いわばフランクは、子供たちを裏切ることも厭わない父親。そして彼には、血を分けた本当の子供がいない。彼の後継者となるべき息子がいない。これは筆者の憶測だが、フランクは子供を作れない体質だったのではないか。終盤のシーンで、コリンはフランクにこんな言葉を浴びせる。
「あんた何やってんだ。人殺しにヤクと女。子供もいない」
逆上したフランクはコリンに銃口を向けるが、返り討ちにあって絶命する。子供を作れないことが彼の人生に暗い影を落とし、彼をデーモンへと変貌させたのかもしれない。
『ディパーテッド』(c)Photofest / Getty Images
もう一つ、興味深い事実がある。潜入捜査を命じられた刑事ビリーと、内通者として警察に送り込まれたギャングのコリンは、同じコインの裏表のような関係だ。そして2人とも、精神科医のマドリン(ヴェラ・ファーミガ)という1人の女性に恋をする。だがビリーがマドリンと情熱的に愛し合うシーンがインサートされている一方で、コリンとマドリンとのラブシーンは描かれない。そしてマドリンが妊娠したことを告げると、コリンは怪訝な表情を見せる。
マット・デイモンはコリンの役作りにあたって、マッチョなフランクに対抗するため、性的不能者であるべきだと考えていたという。実際にはそのような設定ではないにせよ、彼もまたフランクと同じような体質であり、その事実に前から気付いていたのではないか。そう考えると、彼女の子供の父親はコリンではなくビリーだったのでは?…という邪推もしてしまう。
筆者の目には、『ディパーテッド』は<本当の父子関係を築くことのできない男たちのドラマ>のように思える。