もうすぐ文明開化
『春の画 SHUNGA』(23)というドキュメンタリーの中で、春画には元来覗き見的な構造が内包されているという指摘がある。春画の歴史の変遷が描かれた、とても興味深いドキュメンタリーだ。春画には時代の移り変わりと共に当時の最高技術、そして現在でも再現できない技術が総動員されていく。なぜここまできめ細やかな技術力が投入されたのか、というミステリーが残り続ける。また、顔を見ただけではどちらが男性か女性か分からない作品も興味深い。男性か女性かはもはや問題ではない、という前提があるように思えるからだ。同時に、性におおらかだった時代の裏に隠されたもの、家父長制全盛の背景を思う。そして明治以降、文明開化により西欧の価値観が春画を滅ぼしていく未来のことを思う。世界が何かを失ってしまうかもしれないという危機感、恐怖の到来は、現代を舞台にする『春画先生』にも強く反響している。
『春画先生』Ⓒ2023「春画先生」製作委員会
クライマックスで弓子が向かう屋敷の扉や階段には、ジャン・コクトーの『美女と野獣』(46)とスタンリー・キューブリックの『シャイニング』(80)が組み合わさったような幻想的なムードがある。弓子はなぜか裸足で屋敷に入っていく。蝋燭の導きでゆっくりと階段を上がっていく。もっともこの屋敷で待ち構えているのは野獣ではないのだが。始まりの合図から終わりまで素晴らしいこの“決戦”のシーンは、是非とも劇場で強烈な音と俳優たちの素晴らしい身振りのすべてを目と耳で体感してほしい。ここにはやがて失われてしまうかもしれないバトンを引き受ける決意のようなものがある。
そして決意こそ、本作の希望だ。縁側で光に当たる弓子の横顔の眩しさには、この世界で正気を保ちながら生きていくことの決意に溢れている。乱調の中に見つけた美を肯定する大きなエネルギーがある。この先どんなことがあっても自分の幸せの価値観を信じよ。『春画先生』は観客も含め、すべてのものづくりに携わる人たちのための映画なのだ。もうすぐ文明開化がやってくる。それは苦しい時代になるかもしれない。感性を磨き、あらゆる思い込みから解放されよ!
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『春画先生』
絶賛上映中
配給:ハピネットファントム・スタジオ
Ⓒ2023「春画先生」製作委員会