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『私がやりました』フランソワ・オゾンが優れたバランス感覚で描く社会風刺

© 2023 MANDARIN & COMPAGNIE - FOZ - GAUMONT – FRANCE 2 CINÉMA - SCOPE PICTURES – PLAYTIME PRODUCTION

『私がやりました』フランソワ・オゾンが優れたバランス感覚で描く社会風刺

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優れたバランスで描く社会風刺



 この奇想天外なストーリーのベースには、映画界のみならず社会全体に衝撃を与えた、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによる性暴力問題があるだろう。オゾン監督は、カトリック教会が抱える子どもへの性虐待問題を題材とした『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(19)を撮っているように、性暴力の問題について関心が高いようだ。


 このような現代的な問題を持ち出すことで表現するのは、男性上位の価値観や女性蔑視の風潮による、告発者への攻撃である。本作の時代設定は1930年代。時代なりに差別的な言葉が告発女性にぶつけられる場面が描かれるが、本作の公開年である2023年にも、同様の攻撃が苛烈であることを、われわれは知っている。古い社会の遅れた出来事として本作の描写を観ていたが、同じ問題が変わらず継続していることに気付かされてしまうところが、本作の侮れない部分なのである。



『私がやりました』© 2023 MANDARIN & COMPAGNIE - FOZ - GAUMONT – FRANCE 2 CINÉMA - SCOPE PICTURES – PLAYTIME PRODUCTION


 同時に、殺人を犯したとされる者が人気を勝ち取るといった出来事も、現代的な事象だといえる。例えば、殺人で世を騒がせた人物が事件の話題性を利用して稼いだり地位を得る場合があるが、何も罪を犯していない人々よりも事件を起こした者が得をするという社会の矛盾や不公正を、本作は殺人犯の座を奪い合うというかたちで笑いに転化し、風刺しているのだ。そして、このような事件に惹きつけられる、われわれ観客たちの姿勢にも光を当てていると感じられる。


 このような要素を、あくまで軽快なコメディ描写で見せていくのは、確かに不謹慎な部分もあるだろう。だが現代の問題を扱い、世に問うていく姿勢は、当たり障りのないネタに終始するよりも意義深いといえるだろう。オゾン監督は経験による優れたバランス感覚で際どいラインを走りながら、これらの要素をエンターテインメントに結実させているのだ。





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