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『枯れ葉』木の葉のセレナーデ

© Sputnik Photo: Malla Hukkanen

『枯れ葉』木の葉のセレナーデ

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紅色のロマンチック・コメディ



「メロドラマとは人生の行動や出来事を倍増させたものだ。ありふれた出来事が極限まで表現され、音楽もまた極限まで表現される」(アキ・カウリスマキ)*


 『枯れ葉』はすれ違いのメロドラマ、またはアキ・カウリスマキの言葉でいうところのロマンチック・コメディの様式をとっている。本作は『パラダイスの夕暮れ』(86)、『真夜中の虹』(88)、『マッチ工場の少女』(90)の“労働者三部作”に続く、四作目にあたる作品として発表された。この中では特に『パラダイスの夕暮れ』との関連が深い。両作品の演出を比較するとき、アキ・カウリスマキの関心の移り変わりや演出家としての進化を見ることができる。


 『枯れ葉』において、アンサとホラッパ(ユッシ・ヴァタネン)が一緒に過ごす時間は意外なほど短い。二人は離れた場所からお互いを思っているか、もしくはホラッパが酒に酔いつぶれて意識を失っていたりすることで、共に過ごせるはずの時間を逃し続けている(アンサがベンチで酔いつぶれているホラッパの頬に触れるシーンの素晴らしさ!)。しかし鑑賞後の体感としては、二人が同じ時間を生きていたような感覚を覚える。この不思議な感覚は二人の出会いから既に始まっている。


 同僚の誘いでカラオケバーに連れてかれたホラッパは、アンサと出会う。二人のファースト・コンタクトのシーンで会話が交わされることはない。しかしホラッパとアンサは、どうにもお互いの存在が気になってしかたがない。相手の姿を見ては、すぐに視線を避ける。二人はお互いの目が合ってしまうのを怖がっている。この場所から切り離されているかのように、二人の視線の動きだけがカメラに捉えられる。いつまでも見ていられるほどスリリングなシーンだ。アキ・カウリスマキは、最小限の視線の動きだけで最大限のエモーションを演出している。このシーンの演出、演技こそが本作の基調を決定づけている。



『枯れ葉』© Sputnik Photo: Malla Hukkanen


 『パラダイスの夕暮れ』における恋人たちのファースト・コンタクトとは大きな違いがある。傷口の手当をしてもらうゴミ収集車の主人公は、くわえタバコで介抱にあたるスーパーの女性店員に魅せられる。アキ・カウリスマキはここでも会話を避けているが、手当をしてもらっている主人公の顔がクローズアップされることによって、観客は主人公の心の中の動きを読むことができる。


 どちらか一方の心の動きではなく、相互的に感情の揺れにフォーカスしていく『枯れ葉』のファースト・コンタクトでは、出会いの時間が大きく引き延ばされていることに気づかされる。引き延ばされた時間に宇宙が広がっていく。ホラッパとアンサは、出会った瞬間から世界に二人ぼっちだ。


 ホラッパとアンサは恥じらいつつも、お互いのことをよく見ている。それはすぐに証明される。初めて出会ったときのアンサの衣装は深い紅色。そしてホラッパがアンサに贈る花は紅色と黄色だ。ホラッパにとってアンサのイメージは美しい紅色なのだろう。小津安二郎の映画を見ながら“赤いやかん”を探してしまうというアキ・カウリスマキ。アンサの紅色の衣装は、この映画作家のイメージの源流でもある。




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