2024.01.11
“父と子”というテーマ
原作でもタンタンの良き相棒として登場する、大酒飲みのハドック船長。凸凹コンビの珍道中は、観ていて微笑ましい。だが「子供のためのインディ・ジョーンズ」というフィルターを通して本作を眺めてみると、スピルバーグがフィルモグラフィーを通じて描いてきたテーマ“父と子”というモチーフに接続していることに気付かされる。ハドックという父性に、タンタンが対峙する物語としても読めるのだ。
幼い頃に両親の離婚を経験し、スピルバーグは父親に対して意識的に距離をとってきた。その屈折した想いは、父親が家族を捨てて宇宙へ旅立ってしまう『未知との遭遇』(77)や、母親と別居中という設定のため父親が物語に関与すらしない『E.T.』に、色濃く反映されている。
やがてスピルバーグは、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(89)でインディの父親ヘンリー・ジョーンズを登場させて、父と子の和解を描く。しかもその役を演じるのは、初代ジェームズ・ボンドことショーン・コネリー。「インディ・ジョーンズ」シリーズが「007」へのリスペクトから生まれた経緯から考えても、必然のキャスティングだった。
そしてスピルバーグ映画における父性の役割は、子を守る守護者へと変質していく。『ジュラシック・パーク』(93)のグラント博士(サム・ニール)しかり、『宇宙戦争』(05)のレイ(トム・クルーズ)しかり。『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』(97)は、親ティラノサウルスが子供を救出しようとして、サンディエゴで大暴れする物語だった。
だが『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』において、ハドックは守護者の役割を果たしていない。子供のように無邪気な振る舞いをする彼を、むしろタンタンが父親のような眼差しで優しく包容する。ある意味でこの映画は、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』の別バージョンという見方もできるだろう。
『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』(c)Photofest / Getty Images
丘状の街並みで繰り広げられるノンストップ・カーチェイスは、パパ・ジョーンズをサイドカーに乗せてナチスと戦うシーンによく似ているし、水上飛行機を操縦中に燃料がなくなってしまうてんやわんやのシーンは、インディが複葉機で脱出する場面を彷彿とさせる。だが父子の関係性は、父性的なものに対する懐疑的な眼差しから解放され、フラットに再定義されることで、非常に風通しのよいものとなった。原作にあるキャラ設定とはいえ、本作におけるハドックとタンタンの関係性は、スピルバーグ自身の成熟があってこそ描けたのではないだろうか。
スピルバーグが監督、ピーター・ジャクソンが製作という布陣で作られた『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』。2作目以降はピーター・ジャクソンが監督、スピルバーグが製作に回る構想だった。スピルバーグはインタビューで、こんなコメントを残している。
「続編では、双子の捜査官デュポンとデュボンが大きな役割を担うことになる。『ホビット』を撮った後にピーター・ジャクソンが監督することになっていて、彼が私とこの作品をプロデュースしたように、私も彼と一緒にプロデュースするつもりだ」(*3)
筆者はまだ続編が制作されることを諦めてはいない。第1作ですら、構想から公開に至るまでに30年という歳月を要したのだ。焦らず、気長に待つことにしよう。それもまた、映画ファンに与えられた愉しみのひとつなのだから。
(*2)https://www.youtube.com/watch?v=Fe7Px-ddVS4
(*3)https://showbizcafe.com/steven-spielberg-in-depth-interview-about-tintin/
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
(c)Photofest / Getty Images