2024.01.19
『イカとクジラ』からの距離
「子供を持ったことで、子育てとは何か?を考えるようになりました。そして親とは親になる前と同じ過ちを犯す、明らかに欠陥のある普通の人間だと考えるようになりました」(ジェシー・アイゼンバーグ)*
『僕らの世界が交わるまで』のプロデュースを担う製作会社「フルート・ツリー」の代表エマ・ストーンは、ジェシー・アイゼンバーグが「ニューヨーカー」誌で書いている短編小説/エッセイの愛読者だという(エマ・ストーンとジェシー・アイゼンバーグは『ゾンビランド』(09)で共演して以来の友人でもある)。『イカとクジラ』の母親が「ニューヨーカー」誌に小説を発表していたことは、ジェシー・アイゼンバーグの将来を予見していたようで面白い。本作には『イカとクジラ』との偶然のつながりが多く散見される。尊敬する父親の言葉の受け売り=ハッタリで、傲慢にその場をやり過ごしている『イカとクジラ』のウォルト少年。正反対の価値観を持っているように見える母と息子。しかし幼い頃のウォルトは母親と友達のように仲がよかったという。この構図は『僕らの世界が交わるまで』の親子関係とまったく同じである。
『僕らの世界が交わるまで』© 2022 SAVING THE WORLD LLC. All Rights Reserved.
年月を重ねて両親が悪夢のような存在になっていく。あるいは子供が悪夢のような存在になっていく。ジュリアン・ムーアが演じる、DV被害者のシェルターで働く母親エヴリンは、息子が生配信ライブでお金を稼いでいることを軽んじている。同じようにジギーはエヴリンの仕事を軽んじている。どこまでも並行線の歩み。冒頭でジギーが歌う曲の詞にあるように、『僕らの世界が交わるまで』にはお互いに交わろうとしない世界が描かれている。二人はそれぞれの価値観を大切にしている。もし相手に歩み寄ることができるとしたら、それは自分の“正義”を譲ったときだけなのだろう。
しかし映画を見ている内に、二人がとてもよく似ていることに気づかされる。“生まれてきた子供と何のつながりも感じられなかったら?“という不安から始まったというジェシー・アイゼンバーグの作劇。ここには鋭さがある。