2024.01.19
相似の作劇
『僕らの世界が交わるまで』は16ミリフィルムで撮られている。撮影監督ベンジャミン・ローブによる郊外の秋の風景が瑞々しい。ギターケースを背負い住宅街を歩いていくジギーを捉えた移動撮影が強い印象を残す。
小さな車での移動という二人きりの親密な、しかし強引に幽閉されているともいえる密室空間の撮影が素晴らしい。この空間の音の響きには、多くの人が親と共に体験したであろう小さい頃のノスタルジーがある。エヴリンが運転中にかけるクラシック音楽にジギーは嫌悪感を示す。どうすれば政治的になれるかという悩みをジギーが漏らすのも、エヴリンが「(物事に)近道=ショートカットはない」という正論で息子を傷つけてしまうのも、この空間だ。ジギーは人から知的でクールな存在だと認められたい。正論に傷ついてしまうジギーの気持ちもすごく分かる。どんな正論も一歩タイミングを間違えれば人を傷つけてしまう。
『僕らの世界が交わるまで』© 2022 SAVING THE WORLD LLC. All Rights Reserved.
しかしエヴリンのシェルターのお気に入りであり、ジギーと同じ学校に通うカイル(ビリー・ブリック)は、自分の息子とは真逆の反応を示す。車という親密な空間を使った反復から自分の息子との違いが抽出される。父親の暴力から母親を守り、自分の与えられた環境に誠実に取り組むことに生きがいを感じている好青年カイル。エヴリンはカイルに“理想の息子像”を投影していく。その傲慢さにはほとんど悪夢の趣すらある。エヴリンがカイルのためにローストチキンを持っていく際の画面のノワールな陰影は、ホラーかサスペンス映画のそれだ。しかし人生をやり直したいエヴリンの思いや焦りは切実に伝わってくる。ジギーにとっての理想像である同級生のリラ、エヴリンにとっての息子の理想像であるカイル。他者への投影によって、母と息子の相似を抽出していくジェシー・アイゼンバーグの作劇は冴えに冴え渡っている。