2024.01.19
憧れられたい
ジギーがリラの“話し方”に魅せられるという設定が素晴らしい。“話し方”こそ、俳優ジェシー・アイゼンバーグのトレードマークでもあったからだ。『ソーシャル・ネットワーク』に代表される早口の演技は、他の何よりキャラクターを体現していた。ジュリアン・ムーアはエヴリン役を、ジェシー・アイゼンバーグの書いた彼女の言葉、“話し方”から捉えていったという。プライドとそれが崩れる脆さ、傲慢な振る舞いと屈辱が頻繁に行きかう本作のエヴリン役は、ジュリアン・ムーアのベストアクトの一つとして賞賛したい。フィン・ウォルフハードやビリー・ブリックといった若い俳優の駆け引きも、引き算と足し算の絶妙な、しかしいまにも崩れてしまいそうなバランスを保ち続ける。大人としての振る舞いの裏に綱渡り的な感情が錯綜している。感情を隠すことで感情が発露される、とてもエモーショナルな演技だ。
ジギーはどうしてもリラに認められたい。意識の高い者だと認められたい。しかしエヴリンに忠告されたように、急に政治的になることはできない。ジギーは政治的な曲を作ろうと試みるが、いつものようにギターを掻き鳴らしてもすべてが上手くいかない。ギターのストロークに言葉が乗っていかない。自分の中から出てきた言葉ではないからだ。
『僕らの世界が交わるまで』© 2022 SAVING THE WORLD LLC. All Rights Reserved.
ジギーはリラの政治的な詩を曲にする。配信ライブにおける自信満々なジギー・カッツではなく、ひどく緊張した面持ちでリラの前でギターの弾き語りを披露する。この美しいシーンは『JUNO/ジュノ』(07)のギター弾き語りシーンを思い起こさせる。君になりたい。憧れられたい。ベンチに座るリラが隣で懸命に弾き語りを披露するジギーを見つめ続ける。もっとも親密な感情が立ち上がる名シーンだ。
郊外の町にアメリカ国旗が風にはためいている。移民の国、分かり合えない者たちが集まる場所を改めて示すかのように。不完全な親としてのエヴリンと、同じく不完全な子供としてのジギー。エヴリンとジギーは傲慢さにより失敗する。同じ過ちを繰り返す。分かり合えないあなたとわたしは、どこで交わることができるのか?ジェシー・アイゼンバーグが描く個人と個人の憧れと失敗は、巨視的な視点にまで広がり、すべてをやさしく包み込んでいく。これほど瑞々しく、野心的で感動的な監督デビュー作は滅多なことではお目にかかれない。
*Slant Magazine [Interview: Jesse Eisenberg on When You Finish Saving the World and Fleishman Is in Trouble]
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『僕らの世界が交わるまで』
2024年1月19日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国公開
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
© 2022 SAVING THE WORLD LLC. All Rights Reserved.