“いま”の物語
『哀れなるものたち』のもう一つの魅力は、大胆なルック。コントラストの効いた鮮やかな色彩、スチームパンクな美術設定。強烈なビジュアルが観客の目を惹きつけて離さない。だが意外にも、撮影は非常にクラシカルなものだった。撮影はデジタルではなくフィルムだし、アレクサンドリアやロンドン橋はミニチュア撮影。船のデッキの背景には、巨大なLEDスクリーンが使われている。セットの後ろで映像を流すというやり方は、映画黎明期から用いられてきた古典的テクニックだ。撮影監督のロビー・ライアンもこう証言する。
「彼(ヨルゴス・ランティモス)は、ほとんど1台のカメラでしか撮影しない。カメラ2台で撮影するシーンもいくつかあったが、彼はドリーとトラック、そしてオペレーターがいるカメラという、昔ながらの方法で撮影するのが好きなんだ。(中略)シンプルなことをうまくやっているからこそ、その技術が発揮されていると思う」
カメラワークには、スタンリー・キューブリックの影響が大きく感じられる。ミディアムショットからクローズアップに寄っていくズームの多用。『シャイニング』(80)を彷彿とさせる、縦移動のドリーショット。そして、極端なワイドレンズ。20世紀初頭の映写機用レンズを再利用した“ペッツバールレンズ”を採用することで、四隅を歪ませる鮮烈なルックを作り出している。
『哀れなるものたち』©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
ギリシャ時代からクセツヨな作品を撮っていたランティモスだが、少なくともビジュアル面においては、ここまでエキセントリックではなかった。かつての盟友ティミオス・バカタキスから、ケン・ローチ、ノア・バームバック、マイク・ミルズ、スティーヴン・フリアーズなどの作品を支えてきた名撮影監督ロビー・ライアンにバトンタッチすることで、彼はより強烈な文体を携えることができたのである。
もともと寓話性が強いヨルゴス・ランティモス作品だが、ビジュアルの進化/深化によってその印象はさらに強固なものになっている。典型的なピグマリオンとしての骨格を持つ『哀れなるものたち』もまた、非常に寓話的な物語。そこに現代的な視点がまぶせられることによって、父権的社会からの自立というテーマがより明確に、はっきりと浮かび上がる。間違いなくこのフィルムは、“いま”の物語だ。
“知”と“性”が躍動する、ピグマリオンのニュー・スタンダード。鬼才ランティモスは圧倒的な想像力と知性で、映画史に強烈なインパクトを残してみせた。
(*2)https://www.nytimes.com/2023/12/07/movies/poor-things-review.html
(*4)https://www.vogue.com/article/emma-stone-yorgos-lanthimos-poor-things-interview
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
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『哀れなるものたち』
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配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.